「太田永厳」が「太田永賢(=資家)」であることが、伊東潤氏の小説に書いてあるらしい。
という「情報」が寄せられました。
本当でしょうか。
載っている本はこれ↓「黎明に起つ」です。
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黎明に起つ (講談社文庫)
864円
Amazon |
確認しました。(購入させていただきました…。)
……。
文庫本のP372
「ちなみに道灌の死後、太田家は二つの系統に分かれていた。
道灌を殺されたことで、扇谷上杉家から離反した嫡男資康の太田家と、道灌の死によって太田家の名跡を継いだ永厳の太田家の二系統である。
宗家は後者となり、後に前者は江戸太田家、後者は岩付太田家となっていく。」
と。
…そうなっていましたっけ?
(文庫版になって、書き直された部分でしょうか?)
なんか、「太田永厳=太田永賢」を「新発見」のように書いていた自分が、少し恥ずかしくなりました。
(しかし、Wikipedia様にはまだ、永厳を「第三の家系」と書いてあります。)
けれども、とっても嬉しいです。さすがはわれらの「伊東潤」ですね!
(教えてくださった方、ありがとうございました。)
〇追記:
もしかするとこれから伊東潤氏や他の研究者から「太田永賢」=「太田永厳」説についての詳しい考察などが出される予定(あるいはすでに出されている?)かもしれませんが、このブログの記述に関しては、それらを妨げるものではないということをお知らせします。
※※※
ちなみに、伊勢新九郎を素浪人とした旧説も、かつて関東の主だった北条家を貶めようとする江戸幕府草創期の情報操作から来ているのだと思います。どうでしょうか。