p211
「『その一報が入ってすぐ、わしは弟たちを差し向けたが、二人には利根川を越えず、痴れ者と干戈を交えぬよう命じておいた』
氏政は、唐沢山城救援のために長弟の氏照と次弟の氏邦を差し向けたという。」と。
これ、さらっと書いてありますけど。でも利根川渡らないんじゃ、救援じゃないじゃん…。
もちろん、そんな命令が出ていることなど、唐沢山城主が知るはずもないから城主の佐野さんは「北条軍が動いた」ことを知ったら「救援に来た」と思ったでしょうけれども。
そしてp215です。
「籠城戦で城方が寄手を撃退できるのは、後詰勢の働き次第と言っていい。」と。
それじゃあ佐野さんはどうなってしまうの?(このあたり、実は不勉強であることも告白します)味方の城が謙信に攻撃されているのを、氏照氏邦兄弟はどんな気持ちで見ていたのでしょう。味方…、と思ってくれていますよね。
小説の中だけでさえこんなありさまの「祿壽應穏」(ろくじゅおうおん)の実態にはやはり疑問を感じます。
そして、最大の疑問ですが、そんな話を真に受けてしまう単純な大藤一族は本当に「入込」がやれたのでしょうか。
よく考えたら、p20「猫の額のような田畑を取ったり取られたりしているうちに」「老境に入」ってしまったというのんきな信基です。老人になるまで「孟徳新書」の知恵はどうしていたのでしょう。本当に3か月で城を取れるのでしょうか。
フィクションだから、取れるのですけれども。だから太田氏資も調略するし、臼井城では謙信を撃退するし、しまいには小田原城も救ってしまうのです。でたらめだけど、やはり面白いかもしれません。北条のすべてを一手に引き受けるダークヒーローですね。
この小説を読んでよかった。
なぜなら、「何を書いてもいいんだ」と分かったから。気が楽になりました。これは皮肉ではありません。