議員さん
松山市も市会議員選挙です各自立候補の方々が演説などで頑張っておられます、この選挙度に私思うには、国会議員の顔、県会議員の顔、市会議員の顔、町会議員の顔なり人相なりがあるな-っと思います、もちろん当選、落選の顔ではありません、その選挙に出馬される人相です、しかし基本的には選挙に出られる方々の顔付きは全員良い顔付きですね。
祖
現代の日本人の祖を簡単に分別したら多分二通りになると思うことがあります、平安末期源平合戦後、約九百五十年現代まで何とか脈々と繋がり生きてきたのですね、桓武天皇を祖とする平氏又嵯峨天皇を祖とする源氏に分別されたわけですが、桓武天皇と嵯峨天皇は確か親子、つまり元々は平氏も源氏も同じ出身ですね、それでこの日本には和と言う言葉があるのかと思いましたが、確か和の概念はもっと昔の聖徳太子が言ったことと思いますが、聖徳太子とは一体何者だったのかな、よく判らないで すね、ますます謎が深まり面白い日本史、古代から。
思考
自分はよく後からあ-なんだ、こう言うことだったのかと反省することがあります、それはそれで意味が有りますが、それまでの工程が気になります、つまり色んなことに直面した時、あ-でもないこ-でもないと考えますが凡人である自分が生きている上にそう深刻に考える要はないのですね、つまり、下手な考え休みに似たり、この一言に尽きますね、考えながら動くのではなく動きながら考えろ又気を使うな頭を使えと昔先輩が言った言葉がこの歳になり響きます。
粗
この粗と言う字には余り良い響きはありませんね、例えば、粗悪・粗暴・とか、しかし健康的に生きるヒントが一つあります、それは粗食です、健康に注意している達人の方 々が好く言われる言葉です、世の中美食で美味しくて、高額で、優越で、珍味な食が持て囃されています、しかし体にはあまり良くない、一方粗食は食べ続けていくうちに本当の美味しさが判る、つまり食べる人間が健康に在る時又健康な生き方をしている時が美味しいのかな。
真美
真美、これは女性の名マミではなくシンビと呼んでもらえば嬉しいですね、最近美しさとは何かと良く考えます、先日、はっと感じたのは人間の生き方が美しさの代表ではないかと、身なり服装など構わず格好も着けず生活の為一心不乱に仕事して寝る時も食事時も酒飲む時も遊ぶ時も話する時も考え事する時も病気した時も歩く時も泣く時も全て常に一心不乱の生きざま、この姿宇宙が有り美しいと思いませんか、なんて変に水墨画と共通してるなぁ-、と思う自分です。
過去も現代も・
愛媛松山に移り住んで五年、松山、県内を始め四国内を廻りよく見ました、川・海・山・街・中心地など見て感じることは先ず飽きなく楽しくなりました、それはふっとした時昭和二十年代後半から三十年代、四十年代五十年代、六十年代、そして今の平成とが見受けられ、特に三十年代雰囲気に出くわした時は一瞬故郷の子供時代を思い出しその時の人間模様に浸り、ニコッとします、これは自分にとって宝みたいです。
共通事項
久々に今日は相のことを話します、大体、偉く成るか成功する人の相としての共通事項があるみたいです、それは耳の張ってる部分が大きく広いことです、何故かなと思って考えたら、よく人の話を聞き、よく人が言ってることに耳を傾けるから自然と耳が進化して大きくなるのですね、そう言えば自分の経験上なんでもない話でもよ-く聞いてくれる人には大事にしますよね、又逆に人の話にはどんなことでも本当は無駄はありませんよね、しかし自分の耳は小さいなぁ----、それでか----。
職業病
この職業を長く続けていたので足・手・肩・内臓のここがどうもおかしいとか肉体健康面上、職業病が指摘されますが、自分が思うには精神的職業病的が怖いと思います、例えば毎日大金を取り扱う仕事は金額に麻痺、暗いとこで朝から夜までの仕事は判断的状況は何時も暗く物事を考えるのが常、女性の裸ばかり見てる仕事は健康的男性感動が女性に薄くなる、机上の仕事ばかりの人は現実はもっと動き生きてる事がよく解らない、子供ばかり相手してる仕事の人は大人との会話・対応に子供じみてるなど世間には病がたくさんです、それが今までよく解らなく気付きもしなかった自分も病気だったのでしょう。
子供の世界
自分の処に甥や姪の子供達がよく遊びにやって来ます、皆一歳から八歳までで自分達夫婦にとっては孫みたいなものです、ちび等は自分のことをどうも友達感覚ですが、時々そんなに悪いことしたでもないのに酷く怒られたり、子供同士で嫌なことがあったりすると非常に落ち込み悲しい目、顔をしてます、よ--く考えたらこの世に生まれて未だ何年です、つまり経験、環境、境遇、体験は狭く、小さく、少なく、他の世界を経験する方法としては幼児向けの本、テレビで内容は愉快で楽しく善意の塊です、裏切り・差別・険悪・陰謀・嘘・詐欺心・巧妙さ・かけ引きなどは殆んど無い世界です、本来の人間の理想的世界ですね、我々どろどろした大人からの世界から子供の世界を見ると案外いいものです。