アイウエオの秘密 〜五十音が世界の謎を解く〜 -4ページ目

アイウエオの秘密 〜五十音が世界の謎を解く〜

初めに言葉あり。
言葉は神とともにあり。
五十音は神だった。
キーメーカーはヤマト民族。
世界の謎を解く鍵は五十音(アイウエオ)。
めざめよ!
ヤマト民族!

などをブログで紹介しています。

思った世界が現れる、映ってくる。

 

脳の認識した世界が映像化される。

 

意識の世界が、現実として映像化されている。

 

そうなんだと、先に想う(意識創る)と、そうなってくる。

 

そうだから、そう

 

そう思うことから始める。

 

そうなっているから、そうなんだ。

 

そう、そう、そう・・・・。

いったい、この「そう」って事は、何だろうか?

 

音に返して少し観えてきた。

 

そう=ソウ=想=創=送=奏=総=沿う=層

 

まずは、初めに想念ありき。

 

そのようになっているイメージや想いを想念として持つ。

 

そして、そうなっていることを創造してしまう。

 

その念波を送信して空間に放つ。

 

声に出したり、手を叩いたりし、音として、奏でることをする。

 

それらの総合的作用としての「そう」が完成する。

 

その空気や流れに沿ってみる、任せてみる。

 

そして、映像として、違う空間の層が現れる。

 

そうなんだ!」と想うが先。

 

心が揺れて沈んだり、暗いときは、まずは、はじめに理屈を抜いて・・・・。

 

例えば、落ち込んでるときなど

 

悲しい、さびしい・・・、そんなときこそ、

 

まず初めに、「そうなんだ!」と想念を入れて、その次に理由をつけてみる。

 

「そうなんだ! これは、面白い」。

 

「そうなんだ! ひょっとして、楽しいぞ!」

 

「そうなんだ! いや、絶対についている」

 

などなど、遊んでみるといいかも。

 

理由を考えてから、そうなんだは、言葉にならない。

 

初めに音ありきなのかもしれない。

 

手でも叩いて、そうなんだ!と叫ぶところに、後付理由が浮かんでくる。

 

どうにもなってない世界なのに、どうにかなっているように思い込み、

 

認識化してしまっているだけなのかもしれない。

 

歌の「涙そうそう」とは、「涙が止まらない」の意味だそうです。

 

そうそうは、止まらないってことだから、

 

そうなんだ!と想う力は、止まることを知らない力かも。

 

「そう、そうなんだ!」と2回の「そう」を入れると、言

 

葉を発しただけで、意識が変ってくる。

 

どうだろうか?

 

「そう!」で創造してみないか?
 

(これは「ヤーレン」の私的考察として投稿記載しておく)

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「ソロモンの秘宝」(栗嶋勇雄著)の第17章には、

 

高根先生(私の言霊の師)の文章が原文のまま掲載されている。

 

今、その文章を読み返してみてあらためて、16菊花紋章の深い意味を再認識した。

 

それは、8数理との深い関わりと関係性だった。

 

8数理は、七つの星(日月火水木金土)と地球の八星。

 

陰と陽の仕組みで構成される宇宙ゆえに、8x2=16。

 

八は、ヤソ(八十)にも関係し、ヤハウェにも関係ありそう。

 

そんなことを思っていると、頭の中で聞こえてきたのが「ソーラン節」

 

「ヤーレン、ソーラン、ソーラン・・・」

 

この囃子言葉はヘブライ語とも言われている。

 

「ヤーレン」って何かなあ・・・。

 

ヤーレン≒ヤーレ(イ)=八零=80=ヤソ(耶蘇)≒キリスト≒ヤハウェ。

 

じゃ、「ソーラン」って何かなとも思った。

 

ソーラン=ソラン=ソラ≒宇宙

 

だとすると、ヤーレン・ソーランは「ヤハウェの神よ、宇宙よ!」と

 

掛け声かけているのかもしれないと思えた。

 

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(以上、私的考察「ヤーレン」でした)

 

ハレは晴れ。

 

ハレルヤは晴れるや。

 

ハレバレは晴れ晴れ。

 

神道の世界では、ハレとは、めでたい状況、

 

あらたまった特別な状況を意味するとのこと。

 

腫れ物に触るの腫れ(ハレ)も、

 

あらたまった特別な状況を指し示しているのかもしれませんネ。

 

天気が晴れること自体がめでたいことで、

 

特別な状況なんだと自覚することは大事だと思う。

 

ハレ=八零=80=八十=8。

 

八(8)数理は、太陽の光り、つまり白光(=八光)を示すもの。

 

太陽は、まさしくあらたまった特別な存在なのだ。

 

更には、八十は「ヤソ」と読む故に、耶蘇(ヤソ)にも通じる。

 

(十を「ソ」と読む。)

 

耶蘇(ヤソ)はキリストの意味。

 

キリスト教で主なる神(イエス)に対して、

 

歓喜・感謝を伝える言葉ハレルヤにも通じるのかもネ。

 

彌榮は「イヤサカ」と読み、

現代では略字にて「弥栄」と表現されることが多い。

 

この「彌榮=イヤサカ」なる言葉はヘブライ語であるとの説があります。

 

イヤサカ=イヤーサカ

 

=イ + ヤーサカ。

 

イはヘブライ語ではOh!のようなかけ声のような意味があるそうです。

 

ヤーサカとは、神を示すヤハウェを示すヘブライ語。

 

だから、イヤーサカとは、Oh! 神よ とかけ声かけてる言葉らしいです。

 

それ故に、「おー!神よ」「幸あれ!」「榮あれ!」と叫ぶ声。

 

また、ヤーサカは八坂でもある。

 

京都の祇園には昔から祇園社があり、

それが後に八坂神社に名前が変わっている。

 

坂=阪=ハン・ホン=翻=ヒルガエル。

 

ヤーサカ(八坂)は、ヤハウェ(八)が翻る(=坂)の意味。

 

翻る(ヒルガエル)とは甦りの意味でもある。

 

祇園はシオンでもあり、古代ヘブライの聖地の名前と同じ。

 

彌榮は、Oh!ヤーサカ、Oh!八坂でもある。

 

彌榮なる願いを込めての言葉には深い意味があるのです。

 

 

今回のテーマは『初夢なすび』


茄子(ナス)は、「成す」に通じる植物です。


植物は、花を付けて実や種を残します。

花が咲いたからと言って全ての花が実を結ぶことは少ないです。


しかしながら、茄子は咲いた花はほとんどが実に成るのです。

だから「成す」ことが名前の茄子になるわけです。

こんな諺があります。


 「親の小言となすびの花は千に一つの無駄も無い」

成功率が99.9%だということです。


千に一つでの失敗だとすると、1/1000=0.001、


つまり0.1%の失敗も無いのだから凄いです。

お正月の初夢に見ると縁起の良いものに「一富士(イチフジ)、二鷹(ニタカ)、三茄子(サンナスビ)」がある。

この茄子こそが、高い確率で実が成る、つまり、事柄が成就する意味で、縁起が良い象徴で使われています。

成すことが叶う、そんな茄子のお話しでした。

 

今回のテーマは『独楽回し』

 

正月にいろんな遊びが多いのは何故なんでしょうね。


歌にあるように,「お正月には凧揚げて独楽を回して遊びましょう」,さらには,カルタ取りに羽つきに双六などなど昔から多くの遊びがある。


台湾で大人の重さ程ある大きな独楽を回す競技会してる町がある事をTVで知った。


独楽(コマ)とは,倭民族ルーツの証しでもある。


独楽は芯を中心に回転運動するものである。


これは,宇宙の運航を現したもので,地球が太陽の周りを旋回する様と同じであるのは理解できるでしょう。


そこには数理が秘められているのである。


一年=YEAR=12ヶ月で地球は旋回することから,独楽には,12数理があることが理解できるでしょう。


この12とは,ユダヤ12支族に繋がる。


またキリスト12大弟子や干支の十二支にも繋がる奥深い数理である。


音返すと、


独楽=コマ=駒 になる。


とは将棋のコマに通じるものがある。


将棋も倭民族ルーツに繋がるゲームであるわけで,一度死んだ駒が再び磐の上で生きる様は,まさに死んで甦りし倭民族そのものであろう。


駒が生き返るゲームは世界中で将棋しか存在しないそうです。


独楽=駒=馬でもあるわけで,馬やどの王子であるキリストの復活と重なっている。


馬の数理も12で独楽と同じである。


独楽=コマ=ゴマ=胡麻


独楽の封印解きはまさに「開け胡麻!」


正月は証しの月(証月)だ。

 

今回のテーマは『たこあげ』


もういくつ寝るとお正月、と歌でも歌われている。


「お正月には、たこあげて、コマを回して遊びましょう・・」

 

正月に何故に「たこあげ」の遊びをするのだろうか?


その謎解きをしていきましょう。

 

そもそも、その昔は、「たこあげ」と言わずに「いかのぼり」って言ってたことをご存知だろうか?

諸説はあるが、そもそも「たこ」も「いか」も漢字では「凧」と表現していたとAIが告白している。

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「いかのぼり」の漢字は主に「凧」または「紙鳶」です。「凧」は国字(日本で作られた漢字)で「たこ」「いかのぼり」と読み、「紙鳶」は中国から伝わった漢字で同様に「いかのぼり」と読みます。関西などで使われる言葉で、凧の形がイカやタコに似ていることに由来します。

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つまり、たこ=いか、だって事が見えてくる。

江戸時代になって「いかのぼり禁止令」が出されてから、江戸っ子が「たこのぼり」「たこあげ」と言ったそうですが。

この「いか」なる言葉をさらに深堀してみると、五十(50)と言う数理が見えてくる。

五十=イカ、と読む。


苗字では五十嵐(イガラシ)とか、地名では、五十土(イカヅチ)とか五十沢温泉(イカザワオンセン)などからも理解できる。

そして、この50数理には、神とか金と言う意味が秘められている。


高根学説的には、50はコトタマ五十音を意味するし、それは神であり金なる事を示している。

ローマ数字で50をL(エル)と言う文字で表現される。


このエルなる言葉は、古代ヘブライ語で「神」と言う意味を有している。


つまり、「いか」は五十にてエル(L)が故に「神」を意味示している。


天使とか神様の名前でミカエルとかラファエルとかエルカンターレなど「エル」がついているのでわかるであろう。


また、50数理には、世界共通認識として、結婚五十周年を金婚式と表現している事から、50は「金」と言う意味を有している。


つまり、「いか」は五十にて「金」を意味示している。

だから、お正月に「たこあげ」即ち「いかのぼり」をする事は、「いか」と言う「神」「金」を天まで高く上げると言う遊びであることが見えてくる。

「たこたこ上がれ、天まで上がれ」とは天界近き神様に近づけようとしているのではないか?と言う事が読み取れる。

 

今回のテーマは『双六』

 

お正月の遊び双六(スゴロク)って何でしょうね?

 

双つ(フタツ)の六(ロク)と書いて「スゴロク」と言う。

 

双六(スゴロク)はお正月の遊びとして、二つのサイコロを振って、盤上の駒をサイの目に合わせて進んで、上がり(京)をいち早く競う遊び。

 

六の目が二つゾロ目で出た時が最大値で早く前に進める。

 

スグに六(ロク)が出る意味のスグロクが転用されてスゴロクになったとの説もある。

 

六の数理は六芒星にも通じるものであり、二つの六の合計数が十二であることは、ユダヤ十二支族をも現す数である。

 

六と六はかけ算すると弥勒(ミロク)の36にもなる。

 

サイコロ自体の意味が、サインコロン(sign colon)の事で、signは契約、colonは点つまり天を意味し、天(神)との契約の意味を持つ。

 

その二つのサイコロを使う双六には、それなりの深い意味があるのであろう。

 

サイコロを使う遊びや賭博では、イカサマはご法度であり、それは、神様への誓いをも込められてるのかもしれませんね。

 

正月の遊びの中に秘めたる謎は、深いですね。

 

今回のテーマは『鏡開き・蔵開き』

 

1月11日は、鏡開き・蔵開きの日。

 

お正月に神仏にお供えした鏡餅をお下げして、鏡餅を割って食します。

 

鏡餅を割ることから、鏡割りと名づけられたそうです。

 

割ることは、開くことで、鏡開きと言われています。

 

この日は、蔵開きでもあります。

 

1と1が左右に並んで観音開きのようです。

 

11数理は、十一面観音と言うように、観音の数理でもあります。

 

観音とは、音で開くの意味があり、11は言霊と言う意味もある。

 

蔵を開くは、まさに蔵の扉を観音開きにします。

 

蔵を開けて新年をスタートする日ですね。

 

音開きですネ。

 

今回のテーマは『羽根つき』

 

お正月の遊びに羽根つきがある。

 

羽子板で羽根をつき合う遊びである。

 

羽根を"打つ"とは言わない。

 

羽根を"つく"と言う。

 

"つく"とは"搗く"という意味。

 

餅を搗く(ツク)の搗くと同じ。

 

餅搗きは杵と臼での形態にて陰陽の合一が搗くという意味。

 

羽子板での羽根はハニーつまり密月のハネムーンと関係している。

 

蜜月=ハネムーン=羽根月

 

羽子板で羽根をつき合うのは、餅搗きと同じ意味がある。

 

羽子板で羽根(ハネ)をつく(突く)が羽を搗くこと、

 

つまりハニーを搗くこと。

 

陰と陽の交わり、和合をも示してる。

 

また、羽根は蚊を食べる蜻蛉(トンボ)に似せて作られてるそうですが、蜻蛉は秋津とも呼ばれ、日本の国名の秋津島とも関係あるのかもね。

 

羽根を「ハネ」と読ませていますが、ハネとは芝居が終わるなどの意味があります。

 

日本がハネた(終わった)、そして、和合(搗き合い)して生まれた。

 

日本は死んで甦りしたことをこの遊びの中に伝えてるのかもしれませんね。

 

民族ルーツの証しを遊びの中で、伝承しているのだとすれば意味がわかるかもネ。