こんばんは~
本日も、綴らせて頂きます。
ネットを調べたりしてますと、割と珍しい疾患では無い不安症。
人に寄って、症状の出方は多少違う様ですが、
私が、発作を引き起こす時、または怖さを感じる時は、
以前、当たり前の様に出来ていた事、または望んでいた状態になった時。
具体的に上げますと、以下になります。
先ずは日常生活面においては、夜、一人になる事。
これは、根本的に一人がダメなのでは無くて、
寧ろ、一人が好きな性格だったのが、
3.11の直後、当時、東京で一人暮らしを満喫していた頃でしたが、
あの地震を経験した夜、私は職場が同じ区内で、
歩いて帰ってこれました。しかし当時借りていた家に帰り着いた時、
いつも、そこそこ人が多い駅にも、帰宅困難者の影響から、
同じアパートの部屋の方達や駅には、人が居ないという
何とも異様な風景を体感し、
物凄い恐怖と、昼間体験した高層階での揺れの余韻や、
何とも言えない不安感に襲われ、
更に余震が続く中、一人で部屋に居る事が出来なくなり、
その二日間は昼も夜も、人の姿が見える外で三日眠らずに過ごしました。
そこからです。一人の夜が異常な程の恐怖と記憶されてしまった。
それでもその後、東京で一年生活を続けていたのですが、
夜になると怖さで家の中に居れなくなるので、
たまたま、近所に住んでいた弟、妹分の妹ちゃんが、
私の余りに錯乱している状態を気遣って下さり、
1日、2日置きくらいに三ヶ月間程、泊まりに来て下さり、
何とか、過ごしてこれたのです。
それ以降も間を開けながら、先輩の家や、
友達と一緒に過ごさせて貰ったりしながら、
多大な助けと、迷惑をかけながら仕事を続け生活をしておりました。
しかし、このままでは良くないと思い、大好きな東京を泣く泣く引き上げ、
一旦、全ての体制を整えようと考え、九州の実家に帰りました。
そして、九州で一年過ごす中で、様々な事に遭遇し、
今度は対人恐怖症に陥り、そうこうしている間に、
メンタル面が異常な事になり、そして徐々に体調にも変化が表れました。
しかし大阪に出て、最初は出ていた発作も、
一ヶ月経ち、社会復帰をした二ヶ月目と経つ頃、
少しづつ、失っていた自信を取り戻して行き、順調に見えていた矢先。
体調が悪化。そして実家に養生とし、帰省。
今は精神的な体調症状としては、過去を含め最も悪い。
そこで、やはり、もうここまで来れば、社会適応も厳しく、
治療するしか無いのかな??と考えております。
しかし、これも働きながらせざるえないので、
どこまで、やって行けるかという所でございます。
こーいう時、思うんだなぁ~。
なーんで、一人なんだろーと(笑)
試練なんですね。これもまた。
どちらにせよ、何処で生きるかを決めなくてはならない。
実家の土地は、私にとって、帰省する場所であり、
社会生活では、この不安症の発症を招いた恐怖が根付いており、
社会人として関わるには、この街の社会人が怖くて仕方がない。
かと云うて、都会に出るのは嬉しいのだが、
今度は一人の生活という、怖さが付きまとう。
そして、この体調では社会復帰しても、また迷惑をかける可能性。
定年を過ぎ職を離れた両親に、これ以上迷惑は掛けたく無い。
これらの、思考がグルグル、グルグルと駆け巡る。
そんな状況を横に置き、日々、どーしたら良いかを考えております。
本日は、脳内のメモの如く、ダダダーと綴ってしまいましたが
お付き合いくださり、ありがとうございました。

