今回は時間の話です。


禅や心のことではございません。

 

「時間とは人間が作り出した幻想」

 

アリストテレスは時間を「変化や運動」と言っています。


どゆこと!?って思うかもですが。

 

例えば、目の前に線香があるとして、火をつけたら。

段々と短くなり、最後は全て灰になってしまいますよね、それを時間が経過したからだと認識します。

 

ボールを投げたら、ボールが飛んで動いていくことで時間を感じますよね。


鏡を見て、顔のシワが増えたな…歳とったな…とかね?

 

人はこういった変化によって時間を感じるとアリストテレスは言っているわけです。

 

ただ、この時間というものは凄く曖昧です。


もし、時間が平等に流れているのであれば、みんな感じる時間は同じになりますよね?

 

でも、人により感じる時間は違います。

 

「なんだか今年は早かったな」という人もいれば。

「なんだか今年は長かったな」という人もいます。

 

全員に同じ時間が流れていて、同じく感じていればこんなことにはなりませんよね。


時間というものを、その時どう感じるかにも影響されますよね。

 

そう考えると、時間がどれほど曖昧なモノなのか分かりますよね。

 

嫌いな人と過ごす時間と、好きな人と過ごす時間の感じ方は違いますよね。


本当に時間の流れも人により違います。

 

古代の人々はどういう捉え方をしていたのでしょうか?


時間は古代人も必要としていましたから。

 

私たちは時間は過去から未来に流れていく、一方通行のモノと捉えている。

 

でも、古代の人達は違ったんです。


「循環」と考えていたんですね。

 

何故かと言えば、星の動き、月の満ち欠け、太陽の動き、影の動き、農作物は芽を出し育って、実をつけ、枯れてまた芽を出す、花は咲いて、枯れて、また芽を出し花を咲かす。


今日は満月だから、前回の満月から1ヶ月くらい経過しなたとか。


この花がまた咲いてるから、これから気温があがる、だから農作物の種撒いておこうとか。


そうやって時間や季節を知っていたんですね。

 

そして、時間も生命も循環していると捉えていました。

 

これは、とても東洋的な考え方で。

日本人も循環と捉えているといえます。


歌でも分かりますよね。


「ま~わる~ ま~わる~よ~ 時代~は回る~ 喜び~悲しみくりかえ~し~」とあるように。

 

循環と捉えているからこそ、こういった歌詞を書けると思いますし。

とても心に響くのだと考えられますよね。

 

これは、仏教でもいえる。

 

輪廻転生の概念でもそう、生まれ変わり循環している。

生命も循環なんですね。


面白いのが。

 

アビダルマ仏教では、三世実有説(さんぜじつうせつ)という考え方で、未来には様々な「法」という、この世界を構成する要素が存在しているだけで、時間はないという考え方。

 

三世とは過去、現在、未来になります。

 

例えば、未来には様々な要素があり、その要素で現在が作られる、そしてその現在が過去になっていく。

 

でも、仏教には業の考え方がありますから、未来の要素は現在の業で決まっていくという事になりますよね。

 

様々な要素のどれを掴むのかを、業により選択し掴んで、それが現在の結果になる。

 

こう考えると、現在が未来を創るともいえるけれど、未来が現在を作っているとも言えます。

 

時間は過去、現在、未来に流れてると考えられるけど。

未来、現在、過去に流れているともいえる。。。

 

ん~~~(~_~)と悩んでしまうかもですが。

 

自分は時間はないと考えていますけど。

 

ただ、因と縁による結果があるだけ。

 

アインシュタインは言いました。

 

「おいどんが思うに!時間は相対的であるのだ!時間は速度が上がると遅くなるんでごわす!!!」って言ったんですね。←そんな言い方してないです(笑)

 

 

時間というのは場所によっても違うし、速度で変わってしまうんです。

 

例えば、時間というのは山の上では早く進み、平地では遅く進み。

止まっている時は早く進み、動いていると遅く進む。

 

早く動くと遅くなり、動かないと早く進む。

 

条件で時間の流れが変わるという事です。

 

という事は、平地で猛スピードで動きまくれば、他の人より若くいられるでしょうってことになる(笑)


よし!みんなで動きまくろう!

 

もし、光の速さで飛ぶ宇宙船にのって一年間飛んでいたら、地球で暮らす人は10年も経過しているとも言われています。

 

でも。。。高速で移動したら生きていられないな(;^ω^)

 

また、質量により時間は変わるとも言われています。

 

例えば、地球と太陽では地球の方が時間が早いということです。

 

それは何故かというと、質量が大きいほど時空を歪めるからと言われています。

 

地球より太陽の方が大きいので、時空をより歪めていて、時間が遅くなるということ。

 

山の上が遅くなるのも時空の歪みの関係からです。

 

だから、やっぱり。

時間とは曖昧でよく分からないモノなんですよね〜。

どこが、どのくらいの早さで進むのか分からない。

 

例えば、ケンタウルス座の「プロクシマ・ケンタウリ」は4.1光年先にある。

 

今、その星で起きている事を見ようとして、その星で起きている事が、何らかの方法で見れるとしても、覗いたところで4.1年前のことしか分からないですよね。


目に入る光は4.1年前のものになるから当然…

 

 

そうだ!じゃあ!今起きてること見るなら!

4.1年後に見ればいいんだ!と思って見たとしましょう。

 

4.1年前に起きた事が見れるかというと、見れないんですね。

 

光が地球に届くのは4.1年かかるよ!というのも地球で計算した場合でしかなくて。

 

地球からその星までには、ほかの星の時空の歪みがあるので、実際には4.1年後に見れない。


時間の流れが場所により違うから、見れなくなる。

 

そんな時間なんて良くわらないモノです。

 

そもそも、個人的に時間なんて存在していないと思っていますし。

 

こんなに良く分からないものを存在しているとはいえないし。


時間があるのか、無いのかも分からない。

ただ人が決めて、思い込んでいるだけかもしれないのですよ。

 

ただの変化を時間が経過したと認識しているだけで、本当は現在しかなく。

過去も未来も同じく存在している。

 

その現在の中で生きているだけです。


今、ここ!を生きているだけですね。


という事で!


今回はここら辺にしましょう。


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最後まで読んで頂いて、ありがとうございました。

 

 またね〜( ´ ▽ ` )ノ