令和6年7月21日サンデーモーニング、被害者にも責任がある?加害者擁護発言 | 税理士ブログ

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今回のサンデーモーニングの最後の発言で、左翼、韓国系と言われる男性が、政治家、政治権力への暴力について、分けて考えるべきと述べた。

そして、暴力はいけないが、、、と、本来は、「敵」である与党、政権、権力側の人間を擁護しないように慎重に言葉を選んでいる様子だった。

 

私が問題だと感じた部分は、

彼らが重点を置くべきとしたのが、暴力が起きた背景(抑圧、貧困、、、)、そして「言葉の暴力」についてである。

(同趣旨のことは女性コメンテーターも発言)

 

どの口がそれを言うかと思った。

いわゆる「アベガー」で散々、口汚き罵って、一方的な主張しか報道してこなかったマスメディアが、

都合が悪くなると、前言を翻しもせず!全く逆の発言を恥も外聞もなく行う。

まずは殺そうとした「加害者」、殺人者を徹底的に批判するべきであり、その後に、背景等の考察を行う事が彼らのこれまでの主張にそう考えではないか。

 

彼らの主張では、与党の政治家への暴力、言葉の暴力は批判だから、何を言っても良いという考えだ。

 

この構図は、最近の都知事選の立憲共産党の候補のブーメランx,Twitterでの発言でも垣間見える。

 

事件が起きた背景を調べることは重要だが、

はじめから結論ありきの調査の問題点は、彼らが批判してきたものである。

結論とは、政治家が抑圧、分断してきたから、加害者が暴力に訴えるしかなかった。

つまり、被害者は悪くない。悪いのは政治家である。というふうに誘導しようとしていること明らかである。

 

日頃、「いじめ」問題では、暴力はいけない、言葉の暴力(女性の場合はセクハラなどで特に)もきをつけるよう道徳的発言をしている輩が、最悪の手段である「人を殺す」ことについて、殺される人間に問題があったかのような発言をする。いじめの被害者が反撃として相手を殺す、または自分を殺すことを肯定しているのか。暴力には暴力で対抗しても良いという思想が、彼らが大好きな「戦争」につながるのではないか。言葉の力を信じるものがメディアではないのか。

最も、子どものいじめ(傷害、暴行)であれば、ある程度の暴力的反撃は正当防衛であり、許されると思うが。

 

皮肉をこめて言えば、日本国憲法の平和主義、平和憲法を思想を蔑ろにしている彼らは、自身が否定している「自衛隊」と同じように「違憲」の存在であるのではないか。