内乱―パルサリア(岩波文庫):マルクス・アンナエウス・ルーカーヌス | 夜の旅と朝の夢

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今回は、ルーカーヌス(39-65)の『内乱―パルサリア』(全2冊)を紹介します。

ローマ文学の白銀期の中で最も有名なのはセネカだと思いますが、最大の詩人と言われているのは、そのセネカの甥(弟の息子)にあたるルーカーヌスです。ルーカーヌスは早熟で驚異的な執筆の速さを誇ったといわれている天才肌の詩人で、詩などの芸術を愛する皇帝ネロからライバル扱いを受けていたこともあります。伯父のセネカ同様、根っからの共和制主義者であったルーカーヌスがネロのことをどう思っていたのかはわかりませんが、結局、ネロに対する陰謀が露見して自殺を強いられてしまいます。

本書『内乱―パルサリア』はルーカーヌスの代表作で、内乱(ローマ内戦)を歌った叙事詩です。

内乱とは、カエサルの内乱記を紹介したときにも簡単に書きましたが、カエサルとポンペイウス率いる元老院派との戦いのことで、もう少し具体的に言えば、紀元前49年にカエサルがルビコン川を渡ってから、ポンペイウスの殺害を経て、紀元前45年にカエサルがヒスパニア(今のスペイン)のムンダでポンペイウスの残党を平定するまでの一連の戦いを指します。本書は、未完で、ポンペイウスの殺害後に途中で終わってしまいます。ちなみにパルサニアとは写本に付けられていた題名で、内乱時の最大の戦いであるパルサニアの戦い(ファルサルスの戦い)に由来するようです。

内乱を描いているとはいえ、本書は歴史書ではありません。大まかなストーリーはカエサルの『内乱記』などの歴史書を踏襲しているようなのですが、歴史書ではほとんど語られることがないポンペイウスの妻コルネリアや一兵卒などにも焦点を合わせ、その運命や嘆きを丁寧に描くなど、歴史書にはない面白さがあります。

特筆すべきは、内乱を見つめる視点。カエサルの『内乱記』などでは、客観的を装いつつも当然ながらカエサルが正義の側に立っているのですが、本書では、徹底して反カエサルが貫かれています。作者のルーカーヌス(というか、ルーカーヌスやセネカなどの当時のストア学派の人々に共通する見解)によれば、カエサルは、自由であった共和制を打破し、独裁制を敷いた犯罪者です。

『戦さを、私は歌おう、エマティアの野に繰り広げられた、内乱にもましておぞましい戦を、正義の名を冠された犯罪を、覇者ながら、勝利の右手を我とわが内臓(はら)に向けた民を、同胞(はらから)が同胞を相撃つ戦列を、専制の盟約が破れてのち、世界を震撼させつつ総力をあげて争われ、彼我もろともに悖逆の罪に堕ちた闘争を、敵旗(てきき)を迎え撃つ敵旗を、並び立つ双の鷲旗と互いを脅かす手槍を。(上巻P17)』

犯罪を歌う叙事詩というのはかなり特異。『イリアス』や『オデッセイア』そして『アエネーイス』などの英雄を詠う一般的な叙事詩とは対称的で、反=英雄叙事詩という名を付けてもいいのではないのでしょうか。

とはいえ英雄が登場しないのかといえば、そうでもありません。本書の英雄とは、当然ポンペイウス、ではなく、カトー(小カトー)です。途中まであまり出番がなく、ポンペイウスの死後に「主役」に躍り出てきたと思ったら、大した活躍もないまま、未完という形で本書は幕を閉じます。ですが、カトーは言うことが逐一かっこよく、英雄に相応しい気迫があります。

※カトー:カエサルと敵対した政治家で、共和主義の擁護者。清廉潔白だったらしく、ストア学派の人々に受けがいい。

もう一つの特徴は反戦思想です。ルーカーヌス自身は、おそらく内乱、つまりローマ人とローマ人が争うことを咎めているだけで、対外的な戦争や略奪については肯定しているふしがあります。しかし、例えば、本書で描かれている戦場でのリアルな描写は、内乱に限らない一般的な戦争の悲惨さを表していると思います。

『海を泳いでいた益荒男を、船首を向け合い突進する二隻の船がその船首(みよし)に挟んで突き刺したのだ。巨大な衝撃にその胸は真っ二つに分かれ、所詮、生身には轟音とともに激突する青銅の突進を阻む力はなく、骨は粉々に砕けた。腹は押しつぶされ、益荒男の口からは噴き出す血が体液の混じる内臓を吐き出させた(上巻P161)』

それ以外にも、美しい場面やグロテスクな場面、勇敢な場面や苦痛に満ちた場面、皮肉が効いた場面や実直な場面などが矢継ぎ早に描かれる疾走感もいいですし、ひとつひとつの場面の緊張感もいい。特に、ポンペイウスの魂が死後天に上り、復讐霊としてカトーに宿ることで、「主役」が受け継がれる箇所は本書の白眉だと思いますね。

個人的には非常に素晴らしい読書でした。ローマ内戦の大まかな流れなどは押さえていた方が面白いかとは思いますが、注や人名一覧などは充実していますし、各巻(原文は十巻)の梗概も付いていますので、いきなり読んでもなんとかなると思います。ということで、興味のある方は是非!