【ロシア文学の深みを覗く】
第32回:『小悪魔』
小悪魔 (1972年) (モダン・クラシックス)/河出書房新社
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今回紹介する本は、ソログープ(1863-1927)の長編小説『小悪魔』です。
本書は、河出書房新社の「モダン・クラシックス」の一冊。「モダン・クラシックス」は、1970~1975年にかけて出版されていた叢書です。現在では当然絶版なのですが、これがかなり素晴らしいラインアップで、再版されたものや、新訳で出版されたものも多いです。
例えば、本ブログで以前紹介したブルガーコフの『犬の心臓』も元は「モダン・クラシックス」の一冊ですし、最近光文社古典新訳文庫から新訳で出版されたグリエの『消しゴム』も「モダン・クラシックス」に入っています。『消しゴム』はまだ読んでいませんが・・・
今回紹介する『小悪魔』も文芸社から2005年に新訳が出版されたようですが、残念ながらそちらも絶版。ということで、ちょっと手に入りづらい状況です。
ソログープの長編小説としては、少なくとも3作品はあるようですが、僕の知る限り、邦訳があるのは『小悪魔』のみです。
田舎でギムナジウムの教師をしているペレドーノフは、背の高いハンサムな男で定職もあることから、周囲の人々から娘との結婚を迫られる毎日を送る。しかし、ペレドーノフは、内縁の妻ともいうべきワルワーラと既に同棲していた。
ペレドーノフはワルワーラを愛しているわけではないのだが、ワルワーラはとなる侯爵夫人とコネクションがあり、そのコネクションを活かして視学官の地位を得ることをもくろんでいて、侯爵夫人が視学官の地位を約束してくれるのであれば、ワルワーラと正式に結婚すると宣言していた。
しかし、ワルワーラと侯爵夫人との関係はペレドーノフが思っているほど深いものではなく、侯爵夫人が視学官の地位をペレドーノフに約束してくれる可能性が低かった。そこで、ペレドーノフと結婚したいワルワーラは、とある女性に侯爵夫人の手紙の偽装をお願いする。そして、その手紙を本物と思ったペレドーノフであったが・・・
と、ストーリーはこんな感じなのだが、注目すべきはペレドーノフの人格であろう。まあ、はっきり言って嫌なやつである。傲慢で虚栄心に満ちているくせに、臆病で、ギムナジウムの生徒に対しては教師という権威を振りかざす。猜疑心が強く、自分が謗られていると思い込み、市長などの権力者の下に出向いては身の潔白をまし立てるようなやつなのだ。
ギムナジウムの暴君的教師という意味では、ペレドーノフは、以前紹介したハインリヒ・マン(有名なトーマス・マンの兄)による長編小説『ウンラート教授』のウンラートに似ている。
しかし、二人は根本的に異なる道を進む。ウンラートは、その暴君的な性格を肥大化させ悪の権化のような存在に「成長」するのだが、ペレドーノフは自分の猜疑心に飲み込まれ、精神的に病んでいくだけだ。
ペレドーノフは、世界に存在する美や人々のやさしさを見ない。彼にとって世界は醜悪なだけだが(実際、周囲の人々はエゴイスティックな行動ばかりとる)、自身はその醜悪な世界で地位を得るためだけに生きる。ペレドーノフは実用的な人間の成れの果てだ。
と書くと、救いのない暗いだけの話に見えてしまうが、実はそんなことはない。本書には、年が少し離れた少年と娘とのプラトニックでエロティックな愛情を描いた美しいエピソードが挿入されている。ペレドーノフが決して気づくことのない美もこの世には存在することを証明するかのように・・・
登場人物がかなり多く、けっして読みやすい部類の本ではありませんが、ペレドーノフの強烈な人格は一読の価値あり。ということで興味ある方は是非探してみてください。
次回もソログープの予定です。
新訳はこちら。
小悪魔/文芸社
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関連本
犬の心臓 (KAWADEルネサンス)/河出書房新社
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消しゴム (光文社古典新訳文庫)/光文社
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ウンラート教授―あるいは、一暴君の末路/松籟社
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