チェーホフ全集〈12〉(ちくま文庫):アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ | 夜の旅と朝の夢

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【ロシア文学の深みを覗く】
第30回:『シベリアの旅』『サハリン島』

チェーホフ全集〈12〉シベリアの旅 サハリン島 (ちくま文庫)/筑摩書房

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今回紹介する本は、ちくま文庫の『チェーホフ全集』の12巻です。

ちくま文庫の『チェーホフ全集』は基本的に品切れ(絶版?)なのですが、本書だけは新刊でも手に入ります。その理由は、村上春樹の「1Q84」で引用されていたため、本書だけが「1Q84」出版直後に再版されたからです。

村上春樹人気さまさまといった感じでしょうか。しかも「サハリン島」はちくま書房だけでなく、岩波書店や中央公論新社からも再版されていて、読む本を選ぶこともできます。ただ今でも新刊で手に入るということは、あまり売れていない証拠かもしれませんけどね・・・

あ、ちなみに僕は「1Q84」を読んでいないので、「サハリン島」がどのように引用されているかは知りません。

さて、ユーモア小説を濫作するユモレスカ時代と決別したチェーホフは、「曠野」などの傑作を発表しますが、1890年、当時流刑地として使われていたサハリン島に突然出発します。

本書には、サハリン島関連のルポルタージュが2作品収録されています。具体的には、サハリン島までの旅行記「シベリアの旅」と、サハリン島での調査報告「サハリン島」の2作品です。

【シベリアの旅】
60頁ほどの短い作品。チェーホフは、モスクワからサハリン島まで汽車と馬車を使って行きます(まあ、最後は船を使いますが・・・)。本作はその旅の印象を書いた旅行記です。

旅行記としては、ゲーテの「イタリア紀行」を紹介したことがあります。「イタリア紀行」はゲーテらしく、自然環境から文化、風習、人物などなど、とにかく全て見尽くそうとする姿勢がありました。しかし本作は、徹頭徹尾、シベリアで生活する市井の人を描いたものになっていて、チェーホフらしいなと思います。チェーホフは基本的に人道主義的な立場をとっているのがよくわかります。

【サハリン島】
本書のメイン作品で500頁を超える大著です。

こちらは調査報告と人道主義的な見解が融合した他には類を見ないようなルポルタージュです。サハリン島の家を一軒一軒訪れて、そこに住む人々の経歴や状況などをカードに書き記し、流刑囚、徒刑囚、自由民のそれぞれの生活の違い、サハリン島内の地域格差などを調査し、統計的なデータをとり、サハリン島の問題点を浮き彫りにしていきます。医者でもあり作家でもあったチェーホフならではの作品といえるでしょう。

ただし、非常に人道的な見解ではあるのですが、あくまでのロシア人が中心で、ロシア人の植民によって被害を受けているギリヤーク人やアイヌなどの原住民についての記述が少ないのが、現代感覚からすれば問題あるでしょう。まあ、それでも全く無視しているわけではないので、当時としては進歩的だったのかもしれません

2作品とも、チェーホフの小説や戯曲とは違って、面白いという感じではないのですが、チェーホフの別の側面が見えてかなり興味深いですね。サハリン島滞在はその後のチェーホフの作品に強い影響を与えたと言われていますので、興味ある方は読んでみてください。

次回はソログープに移ります。