やさしい女・白夜(講談社文芸文庫): フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー | 夜の旅と朝の夢

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【ロシア文学の深みを覗く】
第22回:『やさしい女』『白夜』
やさしい女・白夜 (講談社文芸文庫)/講談社

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今回は、講談社文芸文庫の『やさしい女・白夜』を紹介します。講談社文芸文庫は、純文学系の作品を集めた叢書。他では手に入らないような燻し銀の作品を集めていますが、日本の純文学作品が多く、海外文学は少なめですね。海外文学ファンとしては、もう少し海外文学に力を入れて欲しいところですが、アントーニーヌス・リーベラーリスの『メタモルフォーシス ギリシア変身物語集』のようなかなりマニアックなものまで出版しているのであまり文句も言えません。

さて本書は、ドストエフスキー(1821-1881)の中編小説『やさしい女』と『白夜』を収録しています。

【やさしい女】
1876年発表。『未成年』(1875)と『カラマーゾフの兄弟』(1880)の間に執筆された後期の作品です。

冒頭、妻の死体の前で右往左往する夫が登場する。彼はしどろもどろに何故このような状況になったかを語りだす。

それによれば、彼は軍人であったが、ある屈辱的な出来事のために軍を去り、貧乏暮らしを経て質屋経営者になった。彼は厳格に商いを行っていたが、価値のない物ばかりを質草として持ってくる若い女性に魅かれだし、彼女に対してだけは、質として受け取らないようなものまで、金に換えてやるようになる。

彼は女性の身辺調査を行い、女性が若くして両親と死に別れ、意地悪な二人の叔母ともに虐げられながら暮らしていることや、女性が叔母たちに無理やり結婚をさせられそうになっていることを突き止める。そこで質屋経営者は女性と叔母たちを説得し、彼女を自分と結婚させることに成功する。その時、夫は41歳、そして妻はなんと16歳。それでも結婚生活は、最初のうちは順調そうに思えたのだが・・・

というストーリー。男の語りが混乱しているので、物語の全体像を把握するまでには少し時間がかかりますが、難解というほどではないですね。

タイトルの「やさしい女」とはもちろん妻のこと(ロシア語の原タイトルは『Кроткая』で、ロシア語を全く知らない僕が調べたところによれば、直訳すれば「柔和な人」などの意味になるみたい)ですが、「やさしい(柔和な)」という言葉を通常の意味で解釈すると、この物語がしっくりきません。

タイトルに「やさしい」という言葉を付けた意図を考えると(形容詞をタイトルに付ける小説は多くはない)、この「やさしい」とは物凄く「やさしい」ということだと思います。「やさしい」度合いが尋常ではないほど強いということです。ある性質が通常の範囲を超えて強くなると、その性質が元来のものとは別の様相を呈することがありますが、本作の妻もそうなのだと思います。妻は「やさしい女」ではなく、「やさしい」度合いが強すぎて別の様相を呈した「超やさしい女」なのです。

「超やさしい女」はどのように行動するのか、「超やさしい女」でもたどり着けない「やさしさ」の極地とは何なのか、とそんなことを考えて読むと面白いのではないかと思います。

【白夜】
こちらは1848年に発表された初期の作品。発表された当時はかなり酷評されたようですが、現在日本では、100頁程度という薄くて安い角川文庫が容易に手に入ることから、ドストエフスキーの小説の中で最も読まれているものになっていると思います。

孤独な青年が美しい白夜に誘われて散歩をしていると、橋の上で泣いている女性に見つける。青年は、女性の美しさに魅かれるが、内気な性格が邪魔をして話しかけることができない。と、その時、女性に言い寄る男が現れた。青年は、男を追い払い、それがきっかけで女性と話をすることに。青年が自身の孤独な身の上を語ると、今度は、女性が身の上を語りだす。そこで、彼女を泣かす原因となった男のことが語られるのだが・・・

少し感傷的過ぎる印象を受けてしまいますが、孤独な魂同士の触れ合いや、悲壮なラストには、後期の長編小説を読んだときに覚える熱狂とは別の静かな感動があります。

両作とも良い作品だと思いますが、個人的には後期の『やさしい女』の方がより良かったですね。『白夜』だけなら、安価な角川文庫で手に入りますが、折角ですので、本書で2作品読んでみてはどうでしょうか。まあ、値段は少し高いですが・・・

関連本(複数巻あるものは上巻のみ)
メタモルフォーシス ギリシア変身物語集 (講談社文芸文庫)/講談社

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白夜 (角川文庫クラシックス)/角川書店

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未成年 上巻 (新潮文庫 ト 1-20)/新潮社

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カラマーゾフの兄弟〈上〉 (新潮文庫)/新潮社

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