第20回:『何をなすべきか』
何をなすべきか 上 (岩波文庫 赤 637-1)/岩波書店
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何をなすべきか 下 (岩波文庫 赤 637-2)/岩波書店
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農奴解放期にロシアに登場したニヒリストと呼ばれる革命志向の「新しい人」を描いた小説としては、ツルゲーネフの『父と子』とドストエフスキーの『悪霊』が有名ですが、これらが当のニヒリスト達がどう受け止めたかというと実は冷やかなものでした。
これらの傑作小説を差し置いてニヒリスト達が熱狂とともに受容したのが、今回紹介するチェルヌイシェーフスキイ(1828-1889)の長編小説『何をなすべきか』(1863)なのです。
チェルヌイシェーフスキイは獄中で本書を執筆し、検閲官のミスにより検閲を通り出版されました。出版後の反響は大きく、直ぐに出版停止になったそうですが、時すでに遅く、若者を中心に流布していきます。
一説には600万部ほど出回ったそうですが、正確な統計があったのかはよく分かりません。しかし、あのレーニンも愛読し、同タイトルの本(小冊子?)を執筆したことを考えると、出版された当時だけでなく、後々まで読まれていたようです。
本書は、極めて思想的・プロパガンダ的な小説(というより、小説形式で書かれた思想書)ですが、検閲をすり抜けるために、恋愛小説を装っていたり、作者が詭弁を弄したりするなど、書かれている内容を文字通りに受け止められない箇所が多々あります。
本書の解説などでは、新しい人たちはチェルヌイシェーフスキイの真意を読み取ることができたと、彼らの聡明さを誉めていますが、少なくとも現在の視点に立てば、この策略はかなり見え透いていて、本書を単なる恋愛小説として読むのはほぼ不可能だと思います。
ある男が自殺するというショッキングな冒頭で読者を引きつけますが、突然作者の弁が入り、その後、男が自殺する以前に物語は巻き戻されます。
古い価値観で「家」に閉じ込められていたヴェーラは、そのような古い価値観を否定するロプホーフと愛情のない結婚することで家庭を抜け出す。その後、ヴェーラは、結婚生活というより同志の共同生活といった暮らしの中で、ユートピア的な裁縫店の経営を開始し、成功を収める。次第に、二人の間には本当の愛情らしきものが芽生えるものの、どうしたわけかヴェーラは、ロプホーフの友人キルサーノフに魅かれてしまい、それに気付いたロプホーフはヴェーラの下を去ってしまう。そして、ヴェーラはキルサーノフと再婚して・・・
というストーリーですが、実はストーリーは重要ではありません。また、各登場人物たちの性格や気持ちの変化なども重要ではありません。
例えば、ロプホーフとキルサーノフなどは、性格的にも思想的にもほとんど瓜二つで、普通の小説だったら重要になるような、ヴェーラの愛情の対象がロプホーフからキルサーノフに移る理由も不明です。
読解力の問題ではなく、描かれていないので分かりようがないのです。この気持ちの変化は、チェルヌイシェーフスキイが理想とする革命家であるラフメートフという本書の最重要人物(しかし、物語にはあまり関係しない)を描くためだけに必要なのです。
本書で重要なのは、首尾一貫して思想です。個人の利益と社会の利益とが一致し、社会奉仕を快楽とする「理性的エゴイズム」という思想なのです。
本書を小説としてまたは芸術作品として楽しむことは難しいでしょう。少なくとも僕には出来ませんでした。本書に今も価値があるとしたら、それは政治史的な価値や文学史的な価値であると思います。
一例を挙げるとすると、ドストエフスキーの『地下室の手記』との関係です。『地下室の手記』は本書に対する批判として執筆された側面もあるそうなので、『地下室の手記』をより深く理解するために本書を読んでもいいかもしれません。僕も次に『地下室の手記』を再読する予定です。
ということで、あまりお勧めではありませんが、興味のある方は読んでみてください。
ちなみに、チェルヌイシェーフスキイは、チェルヌイシェフスキーと表記されるのが一般的みたいですが、この記事では本書の表記に合わせています。
関連本
地下室の手記 (新潮文庫)/新潮社
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