ロシア神秘小説集(国書刊行会) | 夜の旅と朝の夢

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【ロシア文学の深みを覗く】
第17回:『吸血鬼』他

世界幻想文学大系〈第34巻〉ロシア神秘小説集 (1984年)/国書刊行会

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今回は、『世界幻想文学大系』の第34巻『ロシア神秘小説集』を紹介します。

『世界幻想文学大系』は、紀田順一郎と荒俣宏が多くの出版社に企画を持ち込んだが断られ、最終的に国書刊行会から出版されることになった叢書。ほとんどが絶版ですが、怪奇幻想系やファンタジー好きの間では非常に人気の高く、古書では値が張ることが多いようです。

『世界幻想文学大系』が全巻美品で自分の本棚に並んでいたらきっと日々是好日です。興味がある方はぜひ全巻集めてみましょう。僕はとっくの昔に諦めましたが・・・

さて、『ロシア神秘小説集』というタイトルには心惹かれるものがありませんか? 神秘小説、つまり、リアリズム中心のロシア文学に対する対抗文学。僕は惹かれますねぇ。もちろんリアリズムもいいのですが、リアリズムだけでは耐え難い。この実世界だけでは耐え難いように。

えっと、もう少しまともな解説をしましょう。ロシア文学は、1830年頃にロマン主義が衰退した後、リアリズムが大勢を占めることになりますが、ロマン主義が完全に消え失せたわけではありません。その後も、ロマン主義の余波は残ります。本書は、ロマン主義の余波を伝える作品を収録されています。

ちなみに、本書でいう神秘小説は、ゴシック風幻想文学ぐらいの意味合いで、キリスト教的というより、民間伝承的な作品が多いです。

収録作品は、以下の通り。
『吸血鬼』      アレクセイ・コンスタンチノヴィッチ・トルストイ
『吸血鬼の家族』   アレクセイ・コンスタンチノヴィッチ・トルストイ
『三百年後の出会い』 アレクセイ・コンスタンチノヴィッチ・トルストイ
『恐ろしき占い』   A・A・ベストゥージェフ=マルリンスキイ
『シルフィッド』   ウラジーミル・フョードロヴィチ・オドーエフスキイ
『思いがけない客』  ミハイール・ニコラエヴィチ・ザゴスキン
『シトース』     ミハイル・ユーリエヴィチ・レールモントフ
『夢』        イワン・セルゲーエヴィチ・ツルゲーネフ

唯一3篇収録されているアレクセイ・コンスタンチノヴィッチ・トルストイは以前紹介した『ドン・ジュアン』の作者。

『吸血鬼』は、本書の中で最も長く(100頁程度)、唯一中編小説と言っていい長さ。現在の物語が過去の物語の写し絵のように展開する比較的複雑な構成で、少し出来過ぎている感はありますが、読み応えのある作品。ちなみに、『吸血鬼』は、バンパイアの語源となったスラブの伝説に出てくる吸血鬼「ヴァムピール」のロシア語「ウピィリ」の訳語です。

『吸血鬼の家族』もヴァムピールもの。伝説に基づいたようなシンプルな作品。そしてゾンビ映画風でもあります。『三百年後の出会い』は、城、舞踏会、影のない人々という王道路線。

『恐ろしき占い』、『シルフィッド』、『思いがけない客』はかなりマイナーな作家の作品。どれも面白いけど、個人的にはアーサ・マッケン風の『シルフィッド』が好み。

『現代の英雄』の作者レールモントフの『シトース』は、幽霊屋敷と噂される家に住むことにした男とそこに現れた悪魔らしき男がトランプ勝負をする話。結末までは語らず、一言で結末を予感させるラストが秀逸。

最後はツルゲーネフの『夢』。幻想度はやや低いが、屈折した母と息子の関係などツルゲーネフらしさを感じさせつつ、意外な感じもさせる。

とまあ、そんな感じの作品が収録されています。絶版ですが、古書ならそこそこの値段で手に入りますので、興味ある方は読んでみてください。