ドン・ジュアン(岩波文庫):アレクセイ・コンスタンチノヴィッチ・トルストイ | 夜の旅と朝の夢

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【ロシア文学の深みを覗く】
第11回:『ドン・ジュアン』
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作者のアレクセイ・コンスタンチノヴィッチ・トルストイ(1817-1875)は、『戦争と平和』などで有名なレフ・トルストイ(1828-1910)とは別人で、A.K.トルストイなどと書かれたりします。レフ・トルストイとは又従兄弟の関係にあたるそうですが、交流はあまりなかったようです。

本書はドン・ファン伝説を基にした劇詩になります。ドン・ファンは、スペインの伝説的な人物で美男子にして好色漢。要するに女たらし。フランス語や英語ではドン・ジュアン、イタリア語ではドン・ジョバンニです。

ドン・ファンを基にした作品は、非常に数が多く、この伝説が様々な面で魅力があることをうかがわせます。ぱっと思いつくものでも、モリエールの『ドン・ジュアン』、バイロンの『ドン・ジュアン』、モーツァルト『ドン・ジョバンニ』などがありますし、少し前にも紹介したプーシキンの『青銅の騎士』の中の「石の客」もドン・ファンものです。といっても、僕はバイロンの『ドン・ジュアン』は読んだことないのですけど・・・

そんなドン・ファンの初出作品は、ほとんど知られていませんが、ティルソ・デ・モリーナというスペイン黄金期の劇作家による『セビーリャの色事師と石の招客』です。

邦訳なんてないと勝手に思い込んでいましたが、調べてみると、国書刊行会から出版されている「スペイン中世・黄金世紀文学選集」の7巻目『バロック演劇名作集』に収録されているようですね。でも見つけない方が良かった。欲しい、欲しくてたまらない・・・

まあ、それはさておき、ドン・ファン伝説の基本的なストーリーは、ある女性を誘惑しただけでなく、その父親を殺めてしまったドン・ファンが、墓場にあるその父親の石像を戯れに宴会へ招待すると、本当に宴会の場に石像が現れ、ドン・ファンを地獄に連れ去ってしまうというもの。

本書も概ね似たようなストーリーなのですが、決定的に違うのが、ドン・ファンを「自然の寵児だ。偉業と善行のために生まれた男だ(P26)」として描く点です。そして、物語の最初にドン・ファンを見守る天使と、ドン・ファンを自分の似姿にしようと企む悪魔の会話を挿入している点です。

天使と悪魔の会話に挿入するというのが、ゲーテの『ファウスト』を思い出させますが、実際『ファウスト』の影響はかなり強いと思います。『ファウスト』の精神をドン・ファン伝説に焼き付けたといってもいいくらいでしょう。

ドン・ファンは将軍の娘ドンナ・アンナを真剣に愛してしまい、そんな自分に戸惑う。しかし、ドン・ファンは、結局真剣な愛を幻影として拒絶し、「進め、破戒の天使として! 愛の幻影に新たな挑戦をしろ。・・・獨りで生きろ、復讐のため、情熱のため!・・・その永遠の欺瞞に嘲笑をもって報いろ(P66)」などと言ってしまうのであった。

この調子では本当に悪魔の似姿になってしまいそうなドン・ファンだが、果たしてその結末は?

正直言って読む前はあまり期待していなかったのですが、実際に読んでみると、セリフ回しやら登場人物たちの描写や対比が素晴らしく、かなり熱中してしまった。隠れた名作といっていいかもしれません。例によって品切れ状態ですが、是非読んでみて欲しい作品です。

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