ファニー・ヒル一娼婦の手記(ちくま文庫):ジョン・クレランド | 夜の旅と朝の夢

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ファニー・ヒル―一娼婦の手記 (ちくま文庫)/筑摩書房

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【18世紀イギリス文学を読む】
第11回:『ファニー・ヒル 一娼婦の手記』

今回紹介する本は、ジョン・クレランド(1709-1789)の『ファニー・ヒル』です。全体は2部に分かれていて、第1部が1748年、第2部が1749年出版です。

本書は近代性愛文学の最初期の作品として非常に有名な小説です。

18世紀イギリスに性愛文学が出版されて大丈夫なのかと疑問に思う方も多いでしょうが、もちろん、大丈夫ではありません。社会は受け入れてはくれませんでした。作者と版元は罰金をくらい、本自体も出版禁止。公に認められたのはかなり最近になってからのことです。

邦訳は何種類もあるのですが、改変されているものも多いので、購入の際には注意が必要です。例えば、吉田健一訳の河出文庫版などは、かなり改変されているそうです。

僕が読んだのは上に挙げたちくま文庫版で、初の無削除訳を謳っていますし、読んだ感じでは信頼できそうです。ただ、残念ながら絶版。古書でもよいのなら、安く手に入るようですけど…

新刊やなるべく新しい訳で読みたい方には、去年出版された平凡社ライブラリーの『ファニー・ヒル 快楽の女の回想』がいいと思います。読んでないので保証はできませんが、良い翻訳の予感がします。

リヴァプール近傍の小さな村で生まれたフランセス・ヒルは、両親を亡くしたことをきっかけに、エスターという若い女性と一緒に、勤め口を探しにロンドンに赴く。そこでヒルはある女性の下で働くことになるのだが、そこは娼婦の館であった。

ヒルはある金持ちの妾として売られそうになるのだが、偶然に出会った美青年チャールズと共に娼婦の館から逃げ出すことに成功する。そしてチャールズと一線を超え、官能に目覚めることに。

チャールズとの愛に溺れる日々を送るヒルであったが、チャールズは親の策略により船に乗せられて遠くにいってしまう。途方に暮れるヒルにまたしても娼婦(妾)の誘いがやってくるのだが、今度はヒルも覚悟を決め、娼婦として生きることを決意する。

その後は娼婦としての生活が描かれていくのですが、基本エロです。といっても隠喩でボカした書き方が多く、ただのポルノとは全く違いますね。ちょっとだけ引用してみましょうか。

「私はすべての衣服が腰のところまで巻き上げられたままの恰好で寝椅子に身を投げ出したので、あの歓楽地帯の全域とそのあたり一帯の豪華な景観があます所なく彼の眼前に開帳されてしまいました(P141)」

「むっちりとして滑らかな見事に突き出した彼女のお臀には、目もあざむくような艶やかな雪の肌が一面に拡がり、そしてその果ては狭い谷によって二つに分かれた見事な白堊の断崖をなして、最後はこの美しい峡谷の奥にひそむ隠れた洞穴となって終わっていました(P209)」

とまあ、描写としてはこんな感じです。

思想としては、最後の方に出てくる以下の文章に要約されるかもしれません。

「《快楽》にとってすらその最大の味方は《美徳》であり、《悪》はその最大の敵に他なりません(P315)」

以前紹介した『パミラ』では、貞操を守ることが美徳でしたが、ここではそんな考え方は退けられています。おそらく本書も『パミラ』に対抗して書かれたものなのでしょう。となれば、皮肉的ですが『パミラ』は性愛小説の祖ともとれるかもしれませんね。

新訳はこちら。
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