ミステリウム(国書刊行会):エリック・マーコック | 夜の旅と朝の夢

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ミステリウム/国書刊行会

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今回はエリック・マーコックの『ミステリウム』を紹介します。マーコックの小説としては、少し前に『パラダイス・モーテル』を紹介しました。

私はその記事で『パラダイス・モーテル』をミステリーと定義しました。それ自体は間違ったことを言っていないつもりですが、実際のところミステリーとはいってもオーソドックスなものではありません。

オーソドックスなミステリーというのは、簡単にいえば、不可解な犯罪などの謎が提示されるのですが、その謎に関する情報の収集や推理の結果、最後にはその謎が解けて、整合性のある物語が完結するというタイプのものです。

このタイプのものは、謎を解くプロセスの果てにカタルシスを得ることができますので、ある程度面白さが確約されたようなものです。このことが、ミステリーが他のジャンルと比べるとファンが圧倒的に多い理由だと思います。けれども、その反面、予定調和になりがちです。

まあ読者もその予定調和を期待しているのですが、謎が解けなかったり、謎が解けたのか解けてないのかよく分からなかったり、謎が解けても整合性のある物語とはかけ離れていたりすることで読者を驚かせるものも最近では少なくありません。そういった読者が期待する予定調和を裏切って驚かすものは、反ミステリーなどと呼ばれています。

『パラダイス・モーテル』はそんな反ミステリーでした。で『ミステリウム』も同作者なので、反ミステリーだろうと思って読んでみたわけですが、案の定反ミステリー(笑)。まあ、小説の中で、世界に真実なんかないみたいなことが繰り返し語られるので、謎が解けないラストは予告されているんですけどね。

さてストーリーは、炭鉱町キャリックで発生した事件の真相を見習い記者ジェイムズ・マックスが探るというもの。もう少し具体的に書けば、キャリックでは、“毒”のせいでほとんどの人が死んだか死にそうになっていて、マックスが、事件の真相を得るために、キャリックの住人が書いた手記を読んだり、生き残った人から話を聞くという感じのお話です。

ストーリー自体が面白いというより、断片的に集まってくる情報をパズルのように組み立てていくところがこの小説の面白さだと思います。そしてそのパズルのピースがカチリとははまらないところが反ミステリー。

『パラダイス・モーテル』と同じようにグロテスクな描写もありますが、普通の人だったら問題ないでしょう。好みの分かれる小説だとは思いますが、一読の価値はあると思います。

あと、ストーリーとはあまり関係ありませんが、「犯罪理論に関するブレア行政官の講義」と題されたエピソードが挿入されているのですが、これが個人的には面白かったです。

「犯罪理論に関するブレア行政官の講義」では、ノシュールが書いたとされる「一般犯罪学講義」という架空の論文が出てきます。この論文によれば、「捜査官が犯罪を記述する言語そのものがそれ自体精査の対象になってはじめて、これらの体系が生まれると彼(ノシュールのこと)は提言した。クリミフィエ、クリミニフィアン、クライミュの三つの用語を中心につくられた、まったく新しい専門用語が導入されるべきだと彼は提案した(P212)」とのこと。

どう見てもソシュールの「一般言語学講義」のパロディでしょう。「クリミフィエ」、「クリミニフィアン」は、それぞれ「シニフィエ」「シニフィアン」。

で、「犯罪理論に関するブレア行政官の講義」は、一見すると大真面目に書かれていますが、その内容は滅茶苦茶です。

でもそれって、『ミステリウム』自体に適用されるのではないだろうか。世界に真実なんかないと大真面目にいっておきながら、実は滅茶苦茶な内容で読者を騙している。そんな気もするのです