祈願の御堂 (バベルの図書館 27)/ラドヤード・キプリング
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今回ご紹介する本は、国書刊行会から出版されている叢書「バベルの図書館」の中の一冊で、イギリスの小説家・詩人キプリング(1865-1936)の短編集です。
「バベルの図書館」は、アルゼンチンの泰斗ボルヘスを編集者に迎えて出版されたイタリアの叢書で、国書刊行会はその翻訳本を出版しています。このブログで「バベルの図書館」の本を紹介するのは、ベックフォードの『ヴァテック』に続いて2冊目になります。
さて、キプリングの小説については、少し前に『少年キム』を紹介しました。
あ、そうそう。どうでもいい話なんですが、『少年キム』を紹介したときに、『ジャングル・ブック』、『キプリング短篇集』に続いて3冊目のキプリングとなると書いたんですが、実際は、光文社古典新訳文庫の『プークが丘の妖精パック』も読んだことあるので、4冊目でした。で、今回が5冊目。『プークが丘の妖精パック』は何故かあまり印象に残ってないんですよね。不思議だ。
それはさておき、『少年キム』は読んでいて非常に楽しい小説です。簡単にいえば、エンターテイメント性が高い作品なんですね。ちなみに、私はエンターテイメント性が高いことが芸術性を低めることにはならないと思っていて、『少年キム』は、エンターテイメント性と芸術性が高次元で融合した素晴らしい作品だと思っています。
ですが、そういったものを期待して本書を読むと、物の見事に裏切られることになります。
本書に収録されている5編で描かれているのは、全て人生に対する悲痛な叫びです。しかも、物語の最後の方になって、初めて物語の全貌が理解できるといったような難解な作品が多いんですよ。
でも、その全貌が明らかになった瞬間にゾクゾクっとする。本書から得られるのは、エンターテイメント的な面白さではなく、小説が持ちえる凄みなんだと思います。
本書に収められた最後の短編「園丁」がその特徴を最も表していると思いますので、今回はこれに絞って紹介します。
「園丁」は未婚の女性の悲しい人生を描いた話です。その女性には、実の子供ように可愛がっていた甥いて、その甥が戦争で死んでしまいます。悲しみに暮れた女性は、甥の墓参りにいくのですが、墓場には墓標が沢山あって、甥の墓がどこにあるか分かりません。そこで女性は偶然出合った園丁に甥の墓の場所を訊き、甥の墓参りを果たすというストーリーです。
もちろん細かなエピソードは挿入されているのですが、全体としてみれば単純なストーリーですよね。
ですけど、何気のない園丁との会話、もっと言えば、その中の思わず読み飛ばしてしまうような一つの単語に出合った瞬間、物語の裏に隠されていた謎が解明して、女性の想いなんかがドドドっと押し寄せくるんです。
まあ、謎が解明というのは本当は正しくなくて、正確に言えば、今まで語られてきた女性の人生が実は嘘にまみれていて、本当はもっと悲惨な人生であったことに気付かされるんですけどね。しかもただそれだけじゃなくて、その女性にも救いの手が指し伸ばされていたことに気付かされるんですよ。
この二つがたった一つの単語で分かってしまうところに、この小説の凄みが感じられます。
なにを言っているのかわからないかもしれませんが、本当に凄いんですよ。是非読んでみて欲しい作品です。あ、他の作品も良いですよ。特に表題作はかなりの小説です。
以下、ネタばれ的補足
園丁(「えんてい」と読みます)というのは庭師のことなんですが、新約聖書の中でキリストを園丁になぞらえている箇所があります。「園丁」を理解するためには、そのことを知っておく必要があるかなぁと思います。