怪奇小説傑作集5<ドイツ・ロシア編>【新版】 (創元推理文庫)/H・H・エーヴェルス他
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怪奇小説傑作集の最終巻です。1巻目を読み始めてから長い時間がかかりました。本当は一度に読んだ方が良いのでしょうけど、どうも乱読癖が抜けなくて・・・我ながら困ったもんです。
さて今回はドイツ・ロシア編。英米編が3巻、フランス編が1巻であったことを考えますと、ドイツとロシアで一巻というのは、やっつけ仕事な感じも受けなくはありませんが、まあそれは不問としておきましょう。
ドイツ編には4作品、ロシア編には5作品の計9作品が収録されています。
ドイツ編では、ドイツロマン主義の代表格ホフマンの「イグナーツ・デンナー」以外は、クライスト、テオドール・ケルナー、エーヴェルスという少しマイナーな作家でしめられています。ちなみにクライストについては、今度短編集を紹介したいと思っています。
さて、いずれも怪奇小説の王道路線で面白いのですが、一つ選べと言われれば、やはりホフマンの「イグナーツ・デンナー」になるでしょうか。
「イグナーツ・デンナー」は、狩人のアルフレッドと、病気を患わっている妻ジオルジナの住む家に、自称大金持ちの商人デンナーが偶然立ち寄るところから話が始まります。
デンナーは、不思議な薬でジオルジナの病気を治し、そこからアルフレッドとデンナーの交友が始まります。デンナーは、気前が良く、アルフレッド達に宝石などを贈ったりするのですが、実は、商人ではなく、盗賊の頭。彼は、今までの恩義を盾にアルフレッドを利用しようとして・・・。
そこからが二転三転としていく展開で面白い。やや強引な気もしますが、血沸き肉躍ります。
ロシア編では、ゴーゴリ、チェーホフという文豪の2作品が目を引きます。ゴーゴリは、代表作の中に「鼻」のような怪奇幻想系の話もありますから、驚きはしませんでしたが、チェーホフと怪奇小説の組み合わせは個人的には意外でした。
あとトルストイの名前もありますが、これは『戦争と平和』などで超有名なレフ・トルストイではなく、『白銀公爵』などでそこそこ名が知られているA・K・トルストイとも別人で、ソヴィエト時代の小説家です。
ロシア編で選ぶとしたら、悩むところですが、チェーホフの『黒衣の僧』でしょうか。
『黒衣の僧』は、優秀な学士コヴリンが、父親代わりとして育ててくれたエゴールの家に帰郷するところから始まります。
エゴールは、果樹園に命を捧げる頑固な親父ですが、根は優しい感じのする人間で、ターニャという娘がいます。コヴリンは、エゴール家に滞在中に、ターニャに次第に惹かれていくのですが、その一方で、黒衣の僧とも出会います。
黒衣の僧はコヴリンの幻想なのですが、黒衣の僧曰く「わたしはおまえの想像の中に存在しているのだし、想像は自然の一部だ、つまりわたしは自然の中に存在しているわけだ(p323)」とのこと。つまりは幻想でありながら実在するという面白い主張をするわけです。
それで黒衣の僧の言うことが全て刺激的でコヴリンは徐々に黒衣の僧にも惹かれていきます。ターニャと黒衣の僧の両方を手にしたコヴリンですが、果たして・・・。ラストは、チェーホフとしてはかなり異色ですが面白いですよ。