暫くして、幽々子が目を覚ます。
「…おはよう、幽々子。よく眠っていたわね。」
「…どうやら、叶わなかったようね、私の方は。」
「そうね…残念だったわ。」
「貴方の方は? 上手くいったの?」
「ええ、お陰様で。」
「そう。せめてもの救いだわ。良かった。
 …妖夢もやられたのよね、メイドの彼女に。」
「ええ。メイド曰く、随分苦戦したと、大絶賛だったわ。
 後で褒めてあげたら? 珍しく。」
「そうね…たまには飴も必要かしら。今回は、特に。」
幽々子は、いとおしそうに妖夢の方を見た。
「どうだった? 全てを捧げて、1つの事に尽くした気分は。
 今回に関しては、結果こそ実らなかったけれど。」
「…変な話だけど、どこか安心しているのよ、実らなくて。
 実ってしまうと、何か…目的のようなモノを失う気がして。」
「そう…。また、咲かせるの?」
「いいえ、多分それは無い。自分でも不思議だけど。」
「そう。…幽々子、ごめんなさいね、何もしてあげられなくて。」
「何を言っているの? 私はこうして、紫と話すだけで幸せよ?」
少し伏目がちだった紫の瞳が、普段の余裕をもった表情に戻った。
「そう言えば、巫女が面白い事を行っていたわ。」
「面白い事?」
「毎日ヒマだから、あの世の酒でも持って来い、ですって。」
「…ふふ、何よ、それ。本当に面白いわね。」
「冗談じゃなく、事実よ?」
「だから面白いんじゃない。」
「神社に集まるものは、総じて皆頑丈なんだそうよ。
 簡単には死なないらしいから、気兼ね無く楽しめるんじゃなくて?」
「え…それって…」
「ほらほら、妖夢が目を覚ますわよ。しっかり飴をあげなさい。」
「ちょっと、紫…」
「私も藍が恋しいわ~。今度は皆で神社に押しかけましょうね。
 藍~、かまってぇ~。」
いたずらをする少女のような笑顔を浮かべたまま、
紫は空間の裂け目へと吸い込まれていった。











「藍…申し訳なかったわね…。
 貴方のプライドを傷付けるような事をさせてしまって…。」
「いえ、及びません。私のプライドなど、安いものです。
 それより…紫様は大丈夫でいらっしゃいますか?
 今回は、少し長く活動されている事もあります。
 お身体に障っているのでは…。」
「大丈夫よ、ありがとう。
 橙、貴方も今回は、藍の為に良く尽くしてくれたわね。
 私からも感謝するわ。ありがとう。」
「い、いえ…私は、藍様の為に走り回る事しか出来ないので…。」
「それが一番助かるぞ。橙、本当に良く頑張ってくれたな。」
「うにゃぁ…。」
橙の喉が音を立てる。
「これで…よろしかったのですね?」
「ええ、もちろん。本来の目的は、逸脱していない。
 幽々子だって、そのつもりで動いていたんだから…。」
「…辛い…ご決断でしたね。」
「まあ…ね。けれど、まさか満開にするわけにもいかない。
 これで良かったのよ。私達も、幽々子達も。」
「そうですね…。幽々子様も、もうすぐ気が付かれるでしょう。
 私は、橙と先に戻っています。失礼致します。」
「藍、そこまで尽力しなくても良いのよ? 貴方にも橙がいるんだから。」
「いえ、私あっての橙ですが、紫様あっての私です。」
「…優れた式を持つと、頼ってしまうからいけないわね。
 頼らざるを得ない、なんて、ただの言い訳でしかないわ。」
「今しばらくの間、私でよろしければ、頼ってください。
 もう少しのところではありませんか。幻想郷の為に…。」
「そうね…。その通りだわ。ありがとう。」
「では、本当に戻ります。ご無理ありませんよう。橙!」
「はい!」
藍と橙は、その場から走り去っていった。











「大きなウエイトを、背負わせてしまったわね…。
 美鈴も、ひたすら心配していたわ。帰りが遅いって…。」
「私は、幸せなメイドですね。」
「どうかしらね。仕事の割が合わないと思うけど?」
「そんな事は気になりません。
 主に恵まれた事こそが、私の幸せです。」
少し傷を気にしながら、咲夜が続ける。
「あの世で、紅魔館以外の主従を、初めて見ました。」
「そう。どうだった?」
「見事でした。紅魔館とは、形は少し違いました。
 ですが、とても美しい主従関係だったと思います。」
「それは良いものを見てきたのね。春を取り戻すついでに。」
「はい。…レミリア様?」
「何?」
「私は、死を恐れたことはありませんでした。
 今回も、死を眼前にしても、怖くはありませんでした。
 けれど、時が経つほどに、死を受け入れたくなくなっています。
 これは…良くないことなのでしょうか?」
「いいえ、悪くは無いわ。むしろ、良いと言って差し支えない。
 決死の覚悟、という言葉は、裏を返して解釈するなら、
 生きたいという強い気持ちが無ければ、成立しないという事。
 生きるための力は、実は何より強い。忘れては駄目よ。」
「…今回、最後は本当に、もう駄目だと思っていました。
 レミリア様が来て下さった時、心底救われたと思いました。
 レミリア様…ありがとうございます。」
「何度も言っているでしょう。館の住民は、私が必ず守る。
 たとえその住民が、外出中であったとしても、例外ではないわ。
 日が挿していたって、身体を溶かしてでも救ってみせる。
 それが、私にある責任よ。」
咲夜が賞賛して見せた主従関係も、確かに見事だった。
しかし、やはりこの2人には敵わないのかもしれない。
何かを言いかけた咲夜だったが、口をつむぐ事にした。
レミリアは、それを見逃してはいなかった。
だが、あえて言及する事はしなかった。
人と妖の間に、深く刻まれた溝。
今まで、反魂の事など考えた事も無かったが、
やはり幽々子は人だったのであろうか。
時の支配者との間にある、深い溝。
この溝が、時と共に、徐々に浅くなっている。
それが、レミリアには滑稽に見えていた。