会話が終わると、レイラの意識がまた途切れる。
一気にシーンが飛んだようだ。既に、父は桜のもとに到着している。
呆然と立ち尽くし、どんな言葉も発する事が出来ない状態だ。
「これは…なんと言うべきか…。形容し難い…。
これ程までに、危険を伴う美しさがあるとは…。」
「そう、危険なのよ。けど、人は不思議なものね。
その危険を、自ら求めるのだから。こんな山奥まで。」
「あ…貴方は…!?」
父の瞳が明らかに変わった。瞳孔が開き、焦点が合わない。
右へ左へ、視線がふわふわと泳いでいるのが判る。
桜の美しさに加え、突如現れた少女の美しさ。
その2つに挟まれ、自分を見失ってしまっていた。
「ここに来られただけでも充分でしょう?
悪い事は言わないから、早くお帰りなさい。」
(こ…この娘の言う通りだ…ここに長居しては…いけない!
ここは…この場所に留まるのは…あまりに危険過ぎる…!)
しかし、気持ちとは裏腹に、身体が固まってしまっている。
「あら、残念…手遅れだったようね…。」
少女の瞳が、悲しみに染まる。
その瞳を見た瞬間、何かがはじけたように、身体が動いた。
「う…う…あ……うあ、うああぁぁぁ~~!!」
それを、少女は静かに見つめる。
「これは…初めてだわ、こんな事。とても強い意志…。
何か…絶対的に信じられる、強い帰巣本能…。」
「か…かか…帰るんだ…わわ…私は…約束したんだ…。
妻と…娘の所に…帰るんだ…!!!」
父が、山を転がり落ちるように逃げ帰っていく。
「素晴らしいわ…皆が皆、あれほどの意思を持っていれば、
この桜も、もっと幸せになれただろうに…。」
しばらくすると、徐々に意識が戻ってきた。
完全に意識を取り戻し、周囲を確認する。
誰かの視界を覗いている、といった感覚だ。
どうやら、身体を動かす事や、声を出す事は出来そうにない。
あくまでも、過去の誰かの視点を見ているだけのようだ。
(これは…お父さんの日本公演があって、皆で日本に来た時…。)
父の打ち上げが終わり、そろそろ部屋に戻ろうかといった時。
父が母に向かって、突然思いがけない事を言う。
「ちょっと明日、日本に来たついでに、寄りたい所があるんだ。」
「あら、貴方が旅行だなんて珍しい。どちらまで?」
「うん。ある山に行こうと思うんだ。
芸術家なら、大抵1度は耳にした事がある場所だよ。
山奥に、それは見事で巨大な桜の木があるらしい。
私も常々、目にしてみたい、と考えていたんだ。
これでも一応、音楽というものを扱う、芸術家の端くれだからね。」
「あら、そうでしたか。けれど…大丈夫なのかしら。
あまり良くない、物騒な噂をよく耳にしますけれど…。」
「はは、迷信だよ。それくらい見事な桜という事だろう。
今は丁度、時期も良い。行って見ればその真相もわかるだろう。
そんな逸話が出来る程なら、それこそ見に行かなければ。」
「そう…ですか。まあ、桜に関してはそうだと思います。
けれど、登山なんて慣れていらっしゃいませんし、
その事だけでも、充分ご用心なさってくださいね?」
「ああ、むしろそちらの方が不安かもしれない。気をつけるよ。」
(気が変わる前に終わらせて、早く上に戻ろう…。)
手早く片付けを終えて部屋に戻ると、
テーブルの上に、先程は見られなかったメモが落ちていた。
『真実ハ 強イ ココロト 共ニ
望メバ 与エラレ 望マナケレバ 消失スル
己ト 向キ合エバ 夢 消失 ス』
「何だろう、これ…。」
すると、レイラの頭の中に、直接声が響いた。
(見たい…? 真実を…。)
「え…何の?」
(全て…。お父さん、お母さん、お姉さん達の、全ての真実…。)
「何かは…わからないけど…姉さん達の事なら、知りたい!」
(…2つ、気を付けないといけない事がある…。
1つは…お姉さんの情報だけを抜き出す事は出来ない…。
別の人の事や、見たくない辛い事も一緒に見る事になる…。
もう1つは…貴方は真実と引き換えに、夢を失う事になる…。
夢は、絶望に光を差し込む、最後の希望…。
それを失う事は、逃げ道を閉ざす事を意味する…。
貴方は、それでも真実を求めるの…?
貴方が望んでいる真実である保障も無いのに…。)
「知りたい! 私は、姉さん達との時間を取り戻せるんなら、
何も怖くない…。姉さん達との事が薄れる方が怖い…!」
(…そう…それじゃ、見せてあげる…。1から順に…。
1つだけ…先に教えておいてあげる…。
お姉さん達の事は…今から見る真実の最後に判る…。
真実を知りたいなら…どれだけ辛くなったりしても…、
背を向けたり…逃げたりしては駄目…。
1人で逃げたら…現実に戻れなくなるかもしれないから…。
心の準備は…良い…?)
「大丈夫…!」
(真実は…今開かれる…!)
「う…ん…!」
レイラの意識が徐々に遠のき、1度完全にブラックアウトする。