場面は、プリズムリバー家の住む洋館に移ったようだ。
窓から見える景色から、かなり夜は更けている事がわかる。
母が眠っているが、間もなくゆっくりと身体を起こした。
物音を立てないように、ゆっくりと娘達の部屋に入る。
4人の娘をそっと起こし、まとめて置いた荷物を持たせる。
「良い? 大きな音を立てては駄目よ。
お父さんは、とっても耳が良いから。
慌てなくて良いから、ゆっくり行きましょう。」
4人が無言で頷く。最新の注意を払って、廊下を進む。
通りなれた廊下なのに、玄関が遠く感じる。
エントランスまで来て、後は階段を下るだけ。
その時だった。歩いてきた廊下の明かりが灯る。
5人の本能が、振り返ってはいけない、と語りかけてくる。
しかし、身体は言う事を聞かず、自然と振り返ってしまった。
父だ。眼の焦点は、何処に定まっているか判らない。
「何処へ…何処へ行くんだ…。」
父がゆっくりと歩き出す。
「走って!!」
母は、娘4人を引っ張りながら、大声で叫んだ。
「あっ!」
レイラが階段を踏み外し、転倒する。
「レイラ!!」
「レイラ、急いで!!」
「あ…レイラ…レイラぁ!」
父は既に、エントランスに足を踏み入れている。
(あの娘は間に合わない…身代わりになるのは簡単…。
けど、そうしたら、この娘達はどうやって生きていくの…?
ただ、4人をここから逃がすだけ…?
それとも…私は…私はどうすれば…!)
娘への愛故に、母の自問自答が繰り返される。
(…レイラ…ごめんなさい…ごめんなさい…。
こんな…駄目なお母さんを許して…。
せめて、3人だけでも…!)
「ルナサ、メルラン、リリカ! 走って!」
「え、けどレイラが…!」
「走りなさい!」
「う…。」
「早く!!!」
「うっ…うぅ…。」
3人は、目に涙を浮かべながら、館の外に出た。
「姉さん! お母さん!!」
「レイラ…ごめんなさい…!」
レイラの肩に、父の手が伸びる。
気が付くと、また自分の部屋に戻っていた。
大きく深呼吸をし、何とか気持ちを落ち着かせようとする。
父が変わってしまう瞬間を目の当たりにした事と、
大好きだった優しい頃の父に再会した事とで、
例え難い感情に襲われているのが解った。
レイラを激しい震えが遅い、次第に呼吸が乱れていく。
「う…あ…い…や…。嫌…ぁ…。」
その時、周囲の家具がカタカタと振るえだす。
よく聞けば、何か旋律のような音にも聞こえる。
いわゆるポルターガイスト現象と呼ばれるものだ。
しかし、一般に特定のリズムを刻むケースは無い。
普通ならば、怖れられる事が多い怪奇現象だが、
不思議な事に、レイラの気持ちは落ち着きを取り戻していく。
ここ最近になって、レイラの周囲では、
このポルターガイスト現象が頻発するようになっていた。
レイラは、この現象がいつも待ち遠しかった。
「あ…また、来てくれると思った…。
そうだよね…。ちゃんと、姉さん達を追いかけないと…。」
もう一度、しっかり呼吸を整えて、改めて目を閉じる。
(それじゃ、続きをしっかり見て…。)
そこでまた、レイラの意識が途切れる。
頭の中に、例の声が響いた。
(あの桜は、西行妖という妖怪桜。
見た者を死に誘う、呪われた大木。
そして、その傍らに居たのは、西行寺幽々子。
西行妖の力を宿してしまった、呪われた血を受け継ぐ娘。
この2つを、実際に目の当たりにしてなお、
生還できたのは、貴方のお父さんだけ。
貴方のお父さんが持つ、あまりに優れた芸術センスが、
気持ちを桜に引き寄せてしまったみたい。
貴方のお父さんには唯1つ、大切な事があった。
それだけを頼りに、現実を手繰り寄せて、
自らを桜の束縛から解放させた。
大切な事、それは貴方達家族と共に過ごす事。
多くの芸術家は、何よりも美を求める。
だから、桜から離れられなくなってしまう。
貴方のお父さんは、美よりも貴方達が大切と判断した。
貴方達のもとへ戻る、その気持ち1つで生還出来たの。
けれど、その代償は、もしかしたら。
市よりも大きいモノだったのかもしれない…。)
その声が途切れるとほぼ同時に、
視界に、新しいビジョンが映し出された。
しかし、そのビジョンはピッタリ止まって動かない。
(大きく場面が変わる…。1度現実に戻れるけど…。
どうする…? そのまま見る…? 戻る…?)
「う、う~ん…1度戻りたい…。」
(…また続きが見たくなったら、同じ場所で目を閉じて。)