今回は日本でバイトをしていた時の話に限定させて頂く。
学生時代は数々のバイトをした。特に気に入ってずっとやっていたのはキャバクラの仕事。バイトで一番年も若かったので社員から可愛がられたのだと思う、それに社員が経験するほどのプレッシャーには遭わなかったのも長く続いた原因かも知れない。なによりも、ああいうぎらぎらした金に飢えた人間達、騙し合い、きらびやかな女性達、正直言って好きだった。

大抵の店では契約書を書かせられる。その条項には、
* 店の女性に手を出したら罰金50万に即解雇
* 遅刻・無断欠勤をしたら罰金3万
* むやみに店の女性に話かける事があれば罰金10万・・等
その罰金システムは細分されていてまたかなり厳しいものである。

社員で罰金を科せられて給料がマイナスになって泣いている人が居た。店が掃けるのが朝の4時、その人は店で働く女の子達を車で送る仕事もさせられていたのだが、どうやら女性の一人に手を出してちくられたらしい。自分にはそんなプレッシャーは無く、結構気楽だった。

最初は一から色々な事をさせられた。一般的なフロア業務から、グラスを洗わせられたり、キャッチをしたり、金の計算など・・ とにかく絶えず走り回る事を強要させられた。仲間には覚醒剤をキメてふらふらになって出勤してくる奴らも何人かいた。それに加えてあの罰金システムだ、辞める人間と新たに誘惑されてこの世界に入ってくる人間のローテーションが早かった。

自分が働いていた間、仕事仲間には色々な奴らが来た。ヤンキーやホストあがり、トラックの運ちゃんから、元山一證券のフロアトレーダーなんて人も居た。それぞれがぎらぎらした欲望に魅せられてあの世界に入ってきた人間達だった。

そんなふうにしている内に、自分はフロア業務全般(オーダーを取ったり、トレンチにアイスペールを乗せて各テーブルに行き次々に交換する、女性の指名を受ける等)のプロになっていった。新しい社員や店の女性達の教育が自分のメインの仕事になった。新しい女性が入ると、客との話方や乾杯の仕方(具体的に言うと、客のゲストグラスの半分より下方に自分のグラスを軽く当てるだとか)、身だしなみ、客へのオーダーのネダリ方まで教えた。

一方男性社員には、トレンチの持ち方から立ち方、接客の仕方、マナーなど、それから実演指導もやった。例を挙げれば、丸型トレンチにアイスが十分入ったこれまた丸型アイスペールを5個乗せ、それを3本指もしくは5本指で支える。そのままフロアを走らせるのである。(もちろんここでも歩かせるのでは無い)。客のテーブルが近づいたら膝をフロアにつけ、空もしくは半分以上アイスが無くなったアイスペールをすばやく半分トレンチに乗せる(5個乗せていると半分しか乗らない)。それが落ちない内にアイスが満タンに入った新しいアイスペールをトレンチから一つ外し素早く客のテーブルに乗せる。空のアイスペールがトレンチにしっかり収まる瞬間に、ガッシャンと音がする。そして次のテーブルで同じ事をする。自分がそれをやると男性社員みんながそれをまねしようとした。本当のところ、 そのパフォーマンスがうまかっただけと言っても過言では無い。これのおかげでかなり重宝された。

同じオーナー系列の新しく店が開店したりすると、自分はそれらに派遣され同じことをやった。バイトの分際で、若輩者の自分が他の人間達に物事を教えているという気分は良かった。そんなバイトをアメリカに大学院で戻るまでやっていた。

店の仕事仲間達は、一年後にアメリカの大学院に行く予定だと告げると大笑いしていた。

10代で3回警察に捕まった。いずれも喧嘩で。多分、今度は無かったはず。

小さい頃よりガタイがよく、自分はずっと強いと錯覚していた。そして映画やテレビの世界と現実の違いがよく理解出来ていなかった10代の自分は、自分の体を使う事で物事の難局は切り抜けられると頑なに信じていた節もあった。徒党を組んで喧嘩する事もあったが、それよりも自分一人対相手何人かという方が好き放題できるから好きだった。 随分と調子に乗っていたガキだったと思う。硬派なイメージと強さに憧れて極真空手に飛び込んだ。一撃必殺を文句に、選手権大会で戦っている最中に膝が割れようが、肋骨が折れようが痛みを耐え、ひたすら突き進む極真だ。アメリカン・スクールで培養された超単細胞な思考回路を持ち、ほぼ時期を同じくして筋トレに目覚めた運動馬鹿な当時10代の自分にとって、極真はまぎれも無いストライクゾーンだった。


組み手で初めて相手になった人間は、自分よりも背の高く肩幅の広い、いかにも鍛え上げている体を持った社会人のオヤジ。多分、師範代から言われていたのだろう、最初から容赦なくパンチやキックの殴打。おまけにハイキックで顔を横からぶん殴られ、それでダウン。 ショックだった。5秒くらい意識が飛んだのはいいとして、立ち上がれないのは痛いからと言うのよりも何よりも、こいつには絶対勝てないと悟ったからだ。無理やり相手に起き上がらせられ、その直後、両肩を捕まれたままで3回膝蹴りを腹部にお見舞いされて、道場中央に投げ出された。その時点で俺は再度意識を無くし2人くらいに担ぎおろされた。 次の日、道場に行くのが恐怖だった。蹴り千本が終わった後に、また組み手。今度は違うおっさん相手にたったの3発で倒れた。右の正拳突きを胸に綺麗に決められ、立て続けに左の回し蹴りがわき腹に入った。と思った瞬間、強烈な蹴りが顔面に・・ まるでスローモーションの様に前のめりに倒れて行った。精神的に20ゲーム差位で負けていると感じると立つ気力すら無い。意識はあったが、戦闘意欲は既にこの時点で事切れていた。


極真ではわざと俺みたいな自分の肉体に自信のある生意気な小僧を早い段階でコテンパンにぶちのめす。すべてのプライドや自信をぶち壊し、それから空手を教える。先輩達はみんな角刈り、鍛えられた肉体と精神、そんな男達が一方向に正座をしている・・ 本当に喧嘩の強い男達とはこういう人達なんだろうと実感した。 極真に入ったという噂が広まって敢えて自分に喧嘩を売ってくる奴等が居なくなったのも半分あるが、なんだかそっちの方がかっこよく思われて、入門以来喧嘩をやめた。


「喧嘩をするのは簡単だ、それよりも我慢するのが難しい」とよく周りが言っていたが、それにはちょっと疑問を持つ。そういう人間に限って喧嘩は絶対にやったことがない。というかする度胸がない。喧嘩を本当にしちゃう方が難しいだろ、っていうか。 喧嘩が出来る人間と出来ない人間がいる。事なかれ主義で、すべて丸く抑えてしまおう見たいな人間達の態度は今でも大嫌いだ。吠えながら相手が挑発に乗らない事を祈るしか出来ない人間に思えるからだ。そんな人間達の人間性はビジネスでも出てくる。気迫の無い人間から発せられる言葉ほど陳腐な物は無い。 本当に尊敬するのは喧嘩をする度胸があっても敢えてしない人間だ。極真のおかげだろうか、吠えるだけの人間か本当に芯がある人間かは見抜けるようになった。


ちなみにアメリカでは空手は、キッズ相手のエクササイズ・クラスかなんかと勘違いされている。また大人たちの空手をやる理由は大抵ほとんどがSelf Defenseの為だ。そして精神修行を武道とリンクさせる日本では、そんな理由・動機は却下される。


Peace


自分が居た頃のスクールはそんなに有名では無かった。有名になったのは、ウタダヒカルやM-floが出て脚光を浴びたからだろう。変わり者の自分はスクールが嫌いだった。そこに居る金持ちアメリカ人の娘や息子はドラッグ狂い、金に困ることは無く、日本に居ながら全く日本語をしゃべろうという意欲さえ無い。(ところで、日本ではなぜか自分達が馬鹿なアメリカ人相手に英語を話してあげている。あの英語コンプレックスは一体なんなんだろう?) こんな白人優越主義を助長させるような日本人のMentalityが、自分のようなアメリカン・スクールに通う日本人達・Wanna-be達を作り上げるのかも知れないと思う時は多い。


アメリカン・スクールとはいえ日本人も20-30%くらい在籍する。彼らは非常にユニークで特殊な人間達だ。英語と日本語をごちゃごちゃにしゃべる。 ”今日 3 o'clockにShibuyaでHave a teaしない?”等という会話が良く聞こえる。 

スクールに通う日本人は大きく2つのカテゴリーに分けられると思う。
一つは日本人に対しては日本語で話しをする人間達。外人が入ったときにはもちろん英語でしゃべる。もう一つは日本人に対しても英語で話しをする人間達。こういう人間は非常に他の日本人から煙たがられる。

後者の奴らは完全なWanna-beで、アメリカ人としかつるみたがらない。日本語で話しかけると分からない振りさえして、英語をしゃべる自分達にIdentityを持とうとしている人間達だったと思う。しかし、概して言えたのは、そういう彼らは非常にコンプレックスの塊で、何か自分に日本人として欠落点を抱えている人間達であったようにも思う。例えば、背が低いとか、かっこ悪いとか。

スクールは単なる縮図の様な感じであって、実はこれはアメリカ社会に生きる日本人にも多かれ少なかれ当てはまる事でもある様に思える。ただ、そういう日本人Wanna-be達はいつかは自分を見つめなおさないといけない。Identity Crisisは、アメリカに住む人間には誰にでも必ず訪れる事であろうし、その時にいつまでもワンダーランドに居続けることは出来ないだろう。これは自分を含め、すべてのアメリカン・スクール、インターナショナル・スクール卒の人間に当てはまる事だと思う。

スクールに通い、普通の日本人の子供とは違う教育を受けた事が、自分のあるべき形、人格形成、それから将来、仕事とほぼ今自分を形成するものの多くに与えた影響は、かなり大きいと感じる今日この頃。



昔は自分が読んでいる本を人に教えると言うことに抵抗があった。読んでいる本によって何か自分が判断されるのではというな変な気苦労があった。今は本はそれなりに自分の人格形成に役立ってきたとも感じる一方、またそれだけがすべてでは無く、やはり自分で経験した事や映画、他の人間からの影響などによっても作られている訳でありその気苦労が薄れた感はある。 とは言ったもののやはり躊躇する事ではある。

さて・・覚えている限り自分はフィクションの好きな普通の少年だった。


小さい頃は日本で育ち、当たり前の様に親が勧める反戦・世界人類みな兄弟的な本を読ませられた。世界では戦争を望んでいる人間は誰もいないと教えられた。その矛盾に気づいたのは結構早くだ。スクールでは親が元アメリカ軍だった者もいたし、基地関係の友人はすべて軍隊に何かしら関係していた。戦争の為に戦う人間を身近に見て、それから絶えず戦争が世界のどこかしらである事にも気づいた。周りでその答えを教えてくれた人間は居なかった。 

が、当時思ったのは、利害関係があって結局戦争による武力解決を望んでいる人間は、結構多いという事だ。自分は戦争肯定者でも否定者でも無い。が、無知な日本人が知識武装をしていない為にアメリカで他の国の人間達に叩かれるのを良く見る。日本の国防をアメリカに任せっきりなのだからそれもしょうがない様にも思える。それは何も知らないふりをするのが一番なのかも知れない。ただ今後日本が50年、100年も後の世界であっても、今の場所に存続して今のような国であり続けてほしいと強く願うのではあるのだが・・


至って文豪達の書いたものも読めば、普通の小説、哲学書等も読んでいた。それが成人するに連れ、他人の感性で自分の中に訴えかけてくる文学・小説的な要素が非常に煩わしく思うようになってきた。それよりも現実の世界で役に立つと自分の中で思えた経済・政治・思想・経営・社会学・現象など、プラグマティックな方に興味は移っていった。


手当たり次第に本を乱読する事がかっこいいと思うようになった。哲学の本を読んだ後にはわざと全く関係無い天体についての本をあさり、それと同時に株の投資についての本を読む。それが終わると経済人の書いた本を2,3冊読み、今度は環境関係の本を読むといった感じだ。その傾向が強まったのには、日本で大学生をしていた頃だ。近所で誰かが引越しをしたのであろう、何百冊というジャンルの傾倒していない本達が綺麗に積み重なっていたのだ。それらを漁り、夜の内にすべて自分の家に運び込んでしまった。ジャンルは傾倒していないと言っても、ちらりほらりと共産党系の本があり捨てた人物は赤のおっさんだったんだな等と勝手なことを想像していたのを覚えている。

もう一つ、乱読するきっかけとなったのは立花隆の出版した本を何冊か読んだ事だ。立花隆の「田中角栄研究」を読んでその内容にももちろんの事、立花隆の記憶量と正確な分析力には正直驚かされた。その彼は全く分野の違う「脳」についての本も数冊出している。しかもただ書いただけではなく、政治とは分野の全く違う「脳」についても、専門家以上の膨大な知識と分かりやすい文章をもって執筆していたのだった。

彼言わく、自分は脳研究の専門家に会ってレポートする際、その人と同じレベルもしくはそれ以上の勉強をしてから望むとの事だった。もちろん脳の研究に至っては、インタビューの対象とするのは大学病院で医療に携わる本物の「脳」外科医や「脳」研究の権威達である。彼は、自分の購入した小さいビルを改造しすべて本に囲まれたオフィスの中で、カーテンを閉め切って昼夜も分からないままひたすら研究し、一つの本を仕上げるまでにはその書く内容の分野における一つの権威となっているわけだ。

そんな感じに憧れた。今では到底説明出来ない事であるのだが、そんな風になって見たい・そんな生活とはどんなものかという羨望感があった。

元マッキンゼー日本支社長、大前研一の出版本もかなり好んで読んだ。経済に限らず、様々な諸物事を快刀乱麻を断つが如く分析する様は読んでいて非常に好感が持てた。そして誰をも反論出来なくさせるReasoningと討論方法である。実は自分の住む街に元日本マッキンゼーの人間が居て、彼はマッキンゼーの従業員が30名も居なかった頃の大前研一の部下であった人なのだが、やはり大前研一の頭の回転は非常に早かったと教えてくれた。よく大阪にある企業にコンサルテーションのプレゼンをする予定の大前研一に、アソシエート達が一生懸命用意した分厚いプレゼン資料を新幹線で大阪に向かう途中に初めて渡す事はざらだったのらしいのだが、彼はそれに目を通しその短時間の中で内容を掌握、プレゼンを必ず成功させると言う具合だったらしい。

立花隆しかり、大前研一しかり(ここでは挙げていないが落合信彦しかり)、自分みたいに彼らに感銘を受けた人間達はもう読者と言う枠を超えて、所謂「信者」なのらしい。確かにその当時はそうだったかも知れないと錯覚するほどで彼らの言動に敏感だった事は確かな事実だ。

興味の無い人達には本当に退屈なものとなってしまったに違いない。 それと同時に自分自身、今まで読んできた本について語るには幾らこのBlogが容量無制限とは言え、まず自分自身に無理があると再認識しつつ、このトピックはここまでとしたい。

peace

自分にとってアメリカという国はいつもそこにあってくれたと思う。英語だとPaternalism(父性的態度)というのだが、このボキャが自分にとってのアメリカを説明する時にしっくりくる。


アメリカではチャンスは平等に与えられているが、すべて個人の自主性に任せられている。取るか取らないか、もしくは気づけるか気づけないかだ。日本の社会が母性的であると考える事は出来るであろうか? すべてにマニュアルがあってみんなが同じ様に行動する。そして社会が時期を教えてくれる。あの4月から始まる、一連の行事初め・集団行動は一体なんなんだろうとよく考える。

アメリカは誰も教えてくれない。だからアンテナを立てていない人間はどんどん取り残される。また人生も言い訳が通用しない社会だ。そのいい例が自分の所有物に対する守り方やSelf Defenseに対する考え方だ。

家を人里はなれた田舎に持つ家庭で銃を持たないという事はまずこの国ではありえない。理由は、何か身の周りに危険が起こり警察を呼んだとしても、銃を持たずにいる事で警察が来るまでに殺される危険性が高いからだ。そんな時に警察が来ないから家族が殺されたという考えは、日本の駅で自転車に鍵をかけないで自転車盗まれたのは盗んだ奴がやっぱり悪いと言うのと同じで、ちょっと現実を無視した自己よがりの弱い理論としてとられるだろう。自分がそんな田舎で住むという選択をしたらそれについて対策や責任も同時発生すると言う考え方だ。

日本は旧態以前の男性社会だ。段々変わってきているのは分かるが、それでもアメリカのそれと比べるとやっぱり男性社会が根強い。日本では全体的に帰宅が遅いが、自分も属するIT業界の人間達の帰りはもっと遅い。夜10時、11時は普通みたいだ。つくづくアメリカに住んでいる自分をラッキーと感じる。そして週末は昼まで寝るもしくは、ゴルフ。果たしてこのアメリカで、アメリカ人女性と結婚したら大体100人中何人が2年間も離婚されないで居られるだろう?大げさに言うつもりは毛頭無いが、10%も無いと思う。その10%は偽装か、奥さんは浮気しているかなんて事になるかも知れない。日本流の男の責任だとか男の甲斐性とか言うのは全く通じない国である。

そして離婚したらこの国では必ずと言っていいほど離婚弁護士を雇う。奥さんが働いていない場合、旦那は生活費を保証する為、大体給料の半分を奥さんが再婚するまで払い続ける事になる。もし子供が居る場合には、子供が成人するまでだ。そうなると、旦那の残りの人生は事実上その状況から逃れることは難しいだろう。新しい家族を持つにもかなりの制約が課せられる。そんな男達を多数見てきた。

 離婚調停中に旦那が仕事を辞めて、裁判が少しでも自分に有利になるようにする事は非常に珍しくないのだ。ちなみにカリフォルニア州で離婚した場合、財産は大抵旦那と奥さんとで2分割される。