幼くしてまだ日本に居た頃、親戚一同何かにつけてよく集まった。代々公務員の家系を持つ自分の親戚達は、日本に居ながら日本の教育を受けていない自分をあまり良くは 思っていなかっただろう。10代の終わりに”アメリカに行く”と言い出すと、一人の親戚のオヤジに”日本でいい所いけないお前がアメリカでどうやってやっ ていくんだ”と言われた事もあった。言われたことも悔しかったが、それよりも、まだ若くて人生において何も成し遂げられていない自分に対しての情けなさも強かった。

日本では高校から大学にストレートで、もしくは何年か浪人を経て入る。大学に行かない子達はそのまま仕事に就く、もしくは専門学校等に入ってその後就職す る。そういう大学に行かなかった子達が就職後、大学に行くことは非常に少ない。大体なぜこの一番遊びたい盛りに勉強をし なければならないのか、なぜ今後将来全く役に立つことの無いかも知れない勉強をして、テストでいい点数を取っていい大学に入らなければいけないのか、それをしないと将来どういう事になるのかということについて、今振り返ればその当時の自分にきちんと教えてくれた人間は居なかったと思う。だから正直、何も考えていなかった。ましてや自分の進む大学によって、将来就職できう るであろう企業も、将来受け取る給料の額をもある程度予測出来てしまう事等、到底分からなかった。

ところが自分みたいに10代で気が付かないで他の事にそのエナジーを使う人間は実際数多く居る。そういう人間は実際頭が悪いのかと言ったらそんな事は全く 無いのだが、日本の社会はアメリカに比べると一様であり、皆と同じ時期に、理由がなんであれ、人生設計エスカレーターに乗ることの出来なかった人間に対して非常 に冷たい。

アメリカでは各種の奨学金や教育ローンが充実しており、かなりの数の生徒達がその恩恵を受けている。また、親が子供の教育に金を出す家もあれば出さない家もあり一様では無い。それは日本にも言えることではあるのだが、アメリカにはそんな大学に行か なかった子供達にも将来の選択肢が残される。一旦社会で働いてみてから自分に足りないものが分かり学校に戻る者も多いし、ここにはそれを可能にさせるシス テムと社会のキャパがある。その方が人間ベースに社会を考えたときにもっと説得力がある。MBA等はまさにその考えの延長上にあるだろう。自分のようにス トレートで大学からビジネス・スクールに行く奴は少ないし、それをする事は職歴が一つの審査基準になるMBA入学の事実を踏まえると実はかえってマイナスに働く場合が 多い。

そもそもアメリカには、日本の戦後50年の奇跡を支えて来た様な終身雇用システム・年功序列システムは、一部の巨大企業を抜かして殆ど無いと言 える。この国でもっと重点を置かれるのは職歴であり、仕事から自分が得た経験である。だからアメリカに住んでいると、自分の人生を自分自身が設計していけ ると言う事を確信できる。そういう面で人生にやり直しが利きやすい。

日本ももちろんチャンスは公平に与えられる事は確かだ。ただ客観的に見た時に、それらのチャンスを一度逃すと将来のやり直しが難しいというのもまた事実に思う。

冒頭で話した親戚のオヤジ、もちろん今は、会えば必ず嫌味の一言や二言は言うようにしている。