昨日の夜『朝まで生テレビ』を見ていて思った。
「あぁ、昔は自分もこんなことやってたなぁ・・・」と。
僕が東京に少し住んでいた頃、面白い仲間が沢山いた。一流大学出のものすごいオタク、劇団を創って宣伝と稽古に明け暮れているヤツ、柔道やってたから地元では腕相撲で負けたことがないと言いつつ2分の1の確立で負けてたヤツ、国の機関で少年院出所後の少年を校正させるチームに参加しているやつ、アニメーター、バカデカイ部屋に住んでる金持ち息子、そしてオレみたいなわけのわからない17歳。
ミンナ、個性が強いし、自分の信念がある人間ばかりだったから熱かった。一つのことについて話しだすと止まらない。議題は色々。【日本・政治・教育・生き方・夢・死・宇宙】なんでもよかった。悩むこと考えつまずいた事があればそれが題材になった。
あるときは、タイムマシーンは作れるかどうかで、『朝生』状態。一様話の終着点が見えた時には、夜を越え朝が過ぎ昼になっていた。実際タイムマシーンの製造方法なんて事をそこで死ぬまで話していても実現される訳ではない。そんな事ミンナ分かっている。
だけど、『考え組み立て発言すること。思考する。意見がぶつかる。聞き入れる。引けないところを押し通す』とかそういうことで自分たちが存在している、生きているということを叫んでいたのかもしれない。
そして、今思うのはそういう熱く生きている人間が僕は好きだ、ということ。
今、近くを見渡してみると、考え方も知識も十分備わり、戦う準備万端のオレら20代後半~30代前半世代が議論討論を避けている。
ナアナア主義というか、当たらず触らずというか、なんだか見ててかっこ悪い。
こうやってネットが普及し、指一本で世界とつながる社会になった今、表立ってぶつかり合わなくても陰でコソコソ行動する事は容易だし、自分への被害も少ない。しかし、いつまでも冷静を装い見てみないふりをし続けていては、いづれリアルな大人の社会では通用しない人間になるだろう。
あ~ぁ、16~17歳の頃はもっともっと強かったな~。頑張らねば!