今日の朝『テレメンタリー2006』という番組を見た人はいますか?

日曜の朝からとっても寂しくて虚しくなるような番組内容でした・・・。

簡単に粗筋を書くと、約50年前に行われた「帰還事業」というものが題材だった。「帰還事業」とは“北朝鮮は地上の楽園だ”という触れ込みで日本にいる在日朝鮮人を集め北朝鮮へ送った(帰還させた)。その中には在日朝鮮人と結婚した『日本人妻』と呼ばれる日本人の女性やその子供など8,000人以上の日本人がいた。


(そもそも、この事業は在日の人や北に興味のある人に対し「北朝鮮は祖国だし、楽園みたいにいい所だからみんな帰ろう。」という楽観的な表向きの理由とは別に、北朝鮮の労働力や軍事力の確保、経済復興などを立て直すために朝鮮総連が中心となって行った事業。帰還した人々は北朝鮮に行く前に「3年で帰国できる」と聞かされていたらしい。)



そうして北に渡っていた日本人妻の一人が先ごろ帰国した。


だが、その女性を迎える人々の反応を見て呆気にとられた。直ぐに腹立たしくてやるせない気持ちになった。



一人でやっと帰国した彼女は古い思い出を辿り、生まれ育った地区に帰ってきた。

だが、はっきりいってその女性は故郷の人々から歓迎されていなかった。「煙たがられていた」し「さげすまされて」いた。

幼い頃の同級生は彼女の事を「知らない」と言い、玄関の中にさえ入れようとしない。一緒に写っている集合写真を見せられて思い出した風ではあるけど、顔も名前も出さないでくれという同級生。白黒の集合写真は彼女の顔意外は全てボカシで隠されている。思い出の詰まった写真が思い出を語れない。

更に、身内の人間(兄弟だったか?)はその日に帰って来る事を通知しているにも関わらず電話の呼び出しに応えない。「一目だけでも・・・」と向かった家は鍵を閉め、カーテンを閉ざし居留守だ。

80歳を過ぎた女性が自分の生まれた町に居場所を無くし一人寂しそうに歩く後姿。


これは明らかに差別だと思った。“悪い噂ばかりの北朝鮮と関わりを持った女性”というレッテルを貼った差別だ。今更こんなこといってはいけないのかもしれないけど、“部落集に住んでいる”というだけで受けていた馬鹿らしい部落差別を思い出さざるを得ない光景だった。


しかし、こんな惨めなことはない。メディアが作った『闇・暴力・裏社会。悪=北朝鮮』と『クリーンで暖かな日本人』というイメージ。

『闇・暴力・裏社会。悪=北朝鮮』という刷り込みが差別を産み、逆に『クリーンで暖かな日本人』なんてものはいともたやすく裏切られる。

テレビに映る“拉致家族を救う会”や“脱北者”の人々などに対する国を挙げた熱い歓迎ぶりと、彼女の場合とどうしてこんなにも差があるのか?



視聴率の取れそうな政府へのお世辞ネタばかり集めて偉そうに報道を気取っているがメディアはこういう事をもっと大々的に取り上げるべきだ!


こういう国だから日本をキライになりそうになるんだよ!



今日は母の日なのに、彼女はどこに帰るのでしょうか・・・。この部屋だったらいつでも泊めるのに。そして、色々と話を聞かせて欲しい。



今日はまたえらくカッコイイ人に会ってきた。


身長は僕より少し低いが細身の体にキリッとした顔立ち。立ち振る舞いもしなやかで、いかにもモテそうな感じ。んで、まあまあ、カッコイイのはその容姿だけじゃない・・・。




コレがまた、



お金持ち    なんですYo!






お店を5店と、会社を一つ経営している。しかも、その会社は既に社長を立て経営から一歩引き『会長』という立場になっていると言うではないですか。


「へー、そうですかい」と、まあ、探せばそういう人もチラホラいますよ。そうでしょ?コレまでの人生出会った中にはそれ以上の大物だって何人かいました。

しかし何が「スゲー!」と言わしめたか?ここまで書けば察しの早い人は気付いたかもしれませんが、そう、年齢が若い・・・。


まだ29歳なんですと・・・!自分と変わらない(;;)





ちょっと、その人のところに修行に出ようかと本気で考えている今宵であります。



僕は結構、悪い稼ぎ方を色々知っていると思う。法に触れるが意外と大丈夫な方法もいくつか教えてもらった。

今、ネットで流行の情報起業の隠れた部分の内容も講習会ができるぐらい知っているみたいだ。(この方法は昔<今も?>流行ったMLMの応用と新進起業家の中で通説的に言われていたことを売っているだけみたいですね)だけど、やらない。というかやれない。


何でだろうと思う。自分でもやればいいのにと思う。だが、いくらお金が足りなくなっても手を出せない。なんでだろう?


その要因は・・・・



心が弱いから?








か?






ん~







また、精神的な話になりそうだからここまでで辞めておきます。

ただ、言っておきたい事がひとつ。


手を出したら卑怯な人間になるな~と思っていることは確かです。

とにかく金!」という人は要相談。そのときはどんな分野でお金を稼ぎたいかを教えてね♪数時間あれば面白い情報レクチャーしますよ。





んで、次の話。今日、気絶した。酸欠になって意識が消えたのよ・・・。

前回の話の様に胸の圧迫感がキツくて、体を動かそうと考えた僕。(わたくし体調が悪くなると走ったり長風呂したり、体に負担をかけてショック療養をしようとする傾向があるのです)軽く腕立て伏せして、(軽くよ)で、ちょっと走って汗を掻けば・・・と思って、トレーナーに着替えて玄関で伸びをした瞬間。



多分、数分後、後頭部が痛くて玄関で寝ている自分に気がついた。「お?オレなにしてたんだ?」とちょっと意味分からなくて色々考えた。



玄関で少々のあいだロダンの考える人になっていた。



結局、走るのは辞めて意識が回復する前のことを考えながら風呂。『ハッ!!!』と気付いたときにちょっとビビッた。気絶するなんて10年以上ぶり。


しかし、「ま、久しぶりの体験もいいもんだ」とのんびり風呂に入っていたのでした!

以上ですドクロ


超体調悪い・・・


心臓を掴まれた様な苦しさが数日続くことが年に何回かある。今回はパワーアップしている気がする(;・・)

圧迫感が強くて肩を上下させて呼吸するほど苦しいし、仰向けに寝ていると圧迫感で息が吸えなくて呼吸が止まりそうになるのよ!


まあいいか。いつか治まるでしょう。死んだ時は誰か発見してください。




その話は置いといて、今日の話は2つ。


一つは、ケツメイシの【さくら】です。

この曲のPVは何回も観たことがあるけど、頭からお尻まで続けて観たことがなかった。んで、今日初めて通しで観てあのPVの“あるところ”の意味がわかった。その部分の意味がわかって少し一人でシンミリしてしまった。のです。


その、あるところとは「途中で彼女が本屋で働いている」シーン。


アレは、彼女が彼と別れた後に本屋で働き思い出の本を見つけて・・・というシーンではなかったのですね!てっきりそうだと思っていた。だからあの場面の彼女の表情の演技がなんだか変な感じがしていた。

実際は、「彼と出会う前」なんですなぁ。

彼が目の前で買って行った本だから気になって(彼が気になったのか?)自分も買った。それで・・・彼とぶつかり同じ本持ってて!ということなんですね。


ハ~ア、いい歌です。





つづいて2つめ。


先日の自分の日記について。自分の記事とyayoiさんが書いてくれていたコメントを読んでのこと。


僕の書く文は結構批判的なモノがあります。特にお酒を飲んだ後に書くといつもの直球具合が激しくなり豪速球をぶつけるように書いているみたいです。そんな文を後日自分で読むと「アイタ~・・・」と思う。そして、渋い顔をしているのです。


だけど、消さないし修正もしない(乱文を直すことはあるけど)。なぜかというと、そこに書いてあることはウソではないから。「ナニもブログにぶつけなくてもいいだろ~!」と自分でも思うけど、その記事はその時に感じて思った事を包み隠さずに書いた物。

「恥ずかしい」とか「みっともない」とか「露骨だから」とか、そんなことでその瞬間に本気で思った気持ちを曲げることはできない。


文中の雰囲気や意味を変更した時点でそれはごまかしだし、ずるいし、ウソだし、偽者だし、情けないことだと思っている。

僕もウソをつく。騙したくないけど結果的にそうなることもある。しかし、できるだけウソのない人間でいたいと思っているのです。できるだけね。



で、先日の“どうでもいい話。”の記事。

コレも、後で読んで「アタ~・・・」と思った。僕は『歳だけ重ねて、大人のフリをしている人』というのがキライで、そういう事を何かで感じたんだろう。


しかし、自分の中にもそういう面がある。世の中わかったようなフリをしている時がある。


この矛盾。



自分が、本当にキライなものはこの自分の中にある矛盾なのだと思う。



僕が言葉端を荒げる文を書くときはそういう自分に言い聞かせたいという思いもあるのでしょう。しかし、「ミンナ心の中ではいろんなこと思ってるはずだろ?じゃあ、声をあげな!」と挑発している部分も多分にある。だから、反対意見大歓迎!

反対意見が書き込まれたら、激論を交わそうと思っている。




そんな感じなんだけど、ここからが本題。yayoiさんのコメントを見て思った。「ちゃんと考えなければ」と。


yayoiさんのいう通り、「明日が見えない人」いるんですよね・・・。沢山、それぞれの要因があって、立ち止まり足元を見つめることしかできない状況の方。僕もコレまでの人生で立ち止まり苦しんでいた人を沢山見てきたし今も知っている。そういう人には余計なお世話以外は何でも使用と心がけている。

だが、僕は『強く生きたいと願う人間』以外は私の近くには要らない。と書いている。これは見る人によっては「強い人間以外必要ない」と書いているようにもとれる・・・。どうしよう。上で書いたように今更、記事を書き直すことはできないし、しない・・・。


ということで、ここで補足をさせて。



--------------------どうでもいい話。補足文----------------------

日々、苦しんだり、もがいたり、悔やんだり、与えたり、手を差し伸べたり、心配したり、大事にしたり、涙したり、自分が嫌になったり、投げ出したくなったり、耐えたり、そういう思いを抱えて生きる人は強い人だと思う。そして、ちゃんと生きたいと願っている人だと思う。




こんな感じです!

本当は楽しみたい!


と、思う時がある。


色々な事を。





だから、昨日と今日は楽しんだ、ハジケタ!!!




自分には切っても切れない縁のある人達が数人いる。

そういう仲間がいるのは嬉しいことだ。



そして、今日はハジケタ話!朝早くから百道に行って“ドタバタ”次は天神行って“ドタバタ”次は博多方面で“ドタバタ”。帰りは歩く歩く!

・・・キツイ。


イヤイヤ、この年になって男数人が腕組しながらプリクラ機の前で写真が出てくるのを待ってる姿は可笑しすぎるし!!!



そんなこんなで、今日は久しぶりに日常を離れた。楽しい仲間に心から感謝をする。腹いっぱいだし、フラストレーションも吹っ飛んだ!

彼らには心から有り難うと本当に言いたいと思いました!有り難うございます!また、明日から頑張ります!