8人兄弟の6番目と言う悲哀 ②
①で私が8人兄弟であると言いましたが、父は10人兄弟、祖父は9人兄弟、曽祖父は15人でした、もろ多産系の家系です
皆さんは家のしきたりだとか家格だとか そんな物に縛られて生きて来てはいないと思います
我が家はとても窮屈でした(極最近まで まあ手っ取り早く言うと父が生きていたから)
父は孫達(私の娘を含め)に、我が家の系譜を長々と話し、馬の骨かも知れないがどこのだけは判っていると自慢していました、私は祖父にその話しを聞いて大きくなりました
(実際に墓やお寺のかこ帳を見ると600年前から脈々と続いており、とても重い歴史です)
そんな我が家のしきたりのうちで相続方法が変わっています
長子相続と末子相続を交互に繰り返すのです、いつから始まったかは判りませんがここ10代以上そうやってきています
私と祖父の代は末子、父と曽祖父の代は長子相続でした
勿論 諸事情があり簡単ではありません、私の代は弟が他家へ養子に行った為に私が、父は兄2人が戦死した為に3番目の父が、祖父にも弟がいたけれど女と逃げた為に祖父が家長になりました
今は家長だとか一族の長とかお笑いものですが、父の代まではそれは厳しく統率されていました
戦後の農地解放でも他人の小作人がいなかった為、分けてあげたのは一族の者で、その辺も随分後まで一族の結束が強かった理由だと思います
たくさんある分家の中で我が家から西方向にあるため西一(西は五まである)と言う屋号を持つ家の兄さん(長姉の旦那さん)からもらったCA71です
なんとも言えない柔らかな造形です 複雑で繊細なラインをプレスで出すのが難しかった時代、本田宗一郎さんは何を思ってこのバイクを作ったのでしょうか?
