※ネタバレか否かは、読者の自己責任なので、あしからず 


 シネマ#6

 &

 シネマ介護入門 

(認知症ケア・高齢者の心理・リハビリ・コミュニケーションetc) 


 『喝采』




 in静岡サールナートホール


監督/マイケル・クリストファー。


出演/ジェシカ・ラング●キャシー・ベイツ●リリー・レーブ●ピアース・ブロスナンetc

2026年●アメリカ





採点/83点


幕開き間近の舞台稽古にて、台詞ミスを機に、認知症を宣告された大御所女優が、家族やスタッフの協力を受けながら、病と向き合い、舞台に立ち、役を全うしようと挑む物語。


『喝采』ってぇタイトルを聴くと、どうしても、ちあきなおみの名曲が脳裏を横切ってしまうが、






(同時にコロッケの顔芸も・・・)
此方は米国映画であり、主演は、かのジェシカ・ラングである。



ジェシカ・ラングってぇっと、ジャック・ニコルソンと共演した
『郵便配達は二度ベルを鳴らす』
での濃厚な絡みが強烈に記憶に残っているが、今作では、認知症を患う大女優リリアンを演じているのやから、時の流れの残酷性を思い知って仕方無い。

認知症を患う主人公の生活がテーマやと、
渡辺謙の
『明日の記憶』
や、ジュリアン・ムーアの
『アリスのままで』、
はたまた、
『大鹿村騒動記』の大楠道代etcetc扱う映画は数多く、若い頃は、
「世話をする家族はタイヘンやろな。。。」
とサポートに苦労する周囲に同情しながら平成時代は観たモノだ。

しかし、既に両親を看取り、50手前のコロナ禍が明けた令和に今作を目の当たりにすると、病にもがく老いた当事者に自分を重ねてしまったから、感慨深く、そして、虚しい。


今まで完璧に覚えていたハズの台詞が女優の口から1言出てこない。

そんな戸惑いから、徐々にシクジる台詞の数が増えていき、彼女は更に不安に駆られてしまう。

私も、年末に持ち場が突然、異動した事で、利用者の名前が未だに覚えられないどころか、同僚の名前すら解らない。

最近は、幾度も使う何気ない言葉が頭ン中から欠如してパニックを起こす事もしょっちゅうだ。

排泄や入浴の当番の際に、レシーバーで看護師に《介助ケア》の要請を連絡するのだが、
「看護師さん、●●様の処置をお願いします」
の“処置”と云うワードがどうしても出てこない。

どう脳ミソの引き出しを引っ張り出しても、見つからない。

結局、
「対応お願いします」
etc別の言葉で誤魔化すパターンを繰り返す。

ゆえに、周りに迷惑を掛けまくっている自分には居場所が無いと悩んでしまう。

居ないトコロで、きっと私の悪口とか云うてんねやろなぁと疑心暗鬼に陥り、信じられなくなる。

リリアンも、心配する娘家族は勿論、家政婦のキャシー・ベイツや演劇スタッフの態度が信じられなくなり、
「どうせ、私は降板するんだわ」
と嘆き、症状が重くなり、負のスパイラルがまた深くなってゆく。

彼女の苛立ちは、普段の自分を鏡で照らしている様に思え、亡き夫との幻覚や幻聴に振り回される姿は、独り言をずっと喋り倒している利用者とを、銀幕に並べて観ては、涙を流している自分に気付いた。



現に私は、此の批評を描こうとした際、例えに用いたかったジュリアン・ムーアが出てこなかった。

それどころか、ジェシカ・ラングが解らなくなっていた。

どうしても、ダリル・ハンナとコンガラがってしまう。

結局、ネットに丸投げして、
ダリル・ハンナは『スプラッシュ』の人魚であり、
ジェシカ・ラングは、『キング・コング』のヒロインだったと絡んだ紐を解き直して納得してゆくから、描き上げるまでイチイチ長く、イチイチ遅い。

故に、他人と会うのが面倒臭くなり、孤独を好む。

でも、置いてけぼりは、たまらなく恐くなる時がある。。。

因果応報と言われちまえば其れまでだが、映画が好きなだけ、まだマシなのかもしれない。

今作だって、台詞が覚えられず自暴自棄になるリリアンが最後まで諦めなかったのは、周囲の温かい絆が手を差し伸べてくれていたからだ。

もし、倒れた際に、直ぐに降板を決定していたら、ラストの輝きは実現不可能だっただろう。

病室でいがみ合うリリアン母娘。

ああ云う危機の時のキャシー・ベイツは、どの作品でもいつも頼もしくて、素晴らしい。



人間は、冷酷な生き物である。

毎日、自分の事で精一杯だからだ。

忙しなくて、年老いていくと尚更、落ち着かなくなってしまう。

でも、全否定するのではなく、少し余裕を持つ勇気が必要である。

其の心遣いが、人への優しさになり、輪が拡がってゆく。

職場でも、起こすと転倒しやすいし、独語が喧しいから、食事・入浴の直前で良いよって、受け流してしまうのが、しょっちゅうやけど、其れは果たして正解なのであろうか。

独語に少し耳を傾ける余裕も必要ではないだろうか。

面倒臭いからと、全否定するばかりでは何も始まらない。

ケアの本質を今更ながら見つめ直す機会を授けてもらった様な気がした。

そんな貴重な日曜の午後なのであった。


では、最後に短歌を一首

『追う霧に 遺す鏡や 夢の淵(縁) カーテンコールを 永遠に信じて』
by全竜



 

 

 

 

 

 

 

 

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Ameba映画部