スマホに機種変してから、調子に乗って動画など観まくっていたら、来月支払予定額が鳥肌ものになっていたのであった。月末まで徐行運転でと自戒するそばから、古書店サイトで、若い頃好んで読んでいた本や、好きな映画監督絡みの書籍を注文してしまう。①鈴木則文監督の東映ピンキーバイオレンス関連②高群逸枝先生のパンク期論文③知らないうちに鬼籍に入られた柏木隆法さんの著作④トルコ風呂ライターとして尊敬していた広岡敬一さんの著作など。
①以外は以前所有既読であるが、生活に余裕がなくなってから処分してしてしまい後悔していたものである。
 などと懐かしさにひたりながら、イタリアンプログレのJ.E.T.唯一作品を聴く。メンバーは次の通り。①アルドー・ステッリータ ベース②ピエロ・カッサーノ キーボード&ボーカル③レンツォ"プッチ"コーキス ドラム④カルロ"ビンボ"マッラーレ ギター&ボーカル
このバンドは短命に終わったが、在籍メンバーの足跡を辿ると、ニュー・トロルスなどと関連あり。
 長尺でドラマティックな展開の楽曲で占められたアルバムであるが、兎に角熱唱型のボーカルが良い。長い演奏部分も躍動感があり長年聴き続けている名盤である。
本作品を聴いていると、生命の"力"や"息吹"に想いを馳せたくなるのであった。
"過去幾世紀にわたって、権力は、素朴にも神の名において要求された。だが今日では、それは教条的に知力の名においてなされるのだ。今や、権力を要求するのは、衰亡した宗教の坊主たちではなく、教条的知力の公認の坊主どもである。しかも彼らは、この知性の破産が明白となっているこの時代に、権力を要求しているのだ。それというのも、教育あり学問ある連中と、一般に有識階級と呼ばれている人たちが、今日ほど、道徳的に堕落し、卑劣さ、利己主義、さては完璧な欠如の光景を露呈しているときはないからである。卑劣さのために、彼らは、そのあらゆる学識にもかかわらず、依然として愚昧のままでいる。そして彼らは、今あるものを保守することしか念頭に浮かばず、今日、彼らがその前にみじめにもひれ伏している軍事独裁という粗野な暴力によって、歴史の流れをせき止めようと、愚かにも一縷の希望をつないでいる。 かつては、神の理性と権威とを代表した教会と僧侶たちが、あまりにもあからさまに大衆の経済的搾取と結びつき、それが彼らの衰亡の主要な原因となった。これと同様に、今日では、人間的知性と権威を代表する国家、学者の団体、識者階級などが、残虐非道な搾取の事業と一体化してしまったため、もはや、些少の道徳的力も威信も維持できないでいる。彼らは、自分の良心のとがめを感じて馬脚をあらわしたように狼狽し、自分でも、それに値すると意識しているあの軽蔑を逃れるために、もはや、武装した組織暴力以外に頼るものがないありさまなのだ。官僚、警察、常備軍という、三つの忌まわしいものに依拠したこの組織こそは、今日の国家であり、これこそが、特権階級の搾取的、教条的な知力の可視的な肉体なのだ。"「人類の知的遺産第49巻バクーニン著 勝田吉太郎訳 (「神と国家」300頁〜301頁)」
 バクーニン先生の鋭い文章に引きつけていえば、「残虐非道な搾取の事業と一体化」している、ゴミ会長、メタボ煮死浦、手を洗うバカ等々は、そのはらわたで首を吊るされても文句を言えないほどの悪行をなしている。ファウチやゲイツもこの類であろう。
 さらに上のカーストのクラウス・シュワブやキッシンジャーやその飼い主の腐れ貴族の末裔は言うまでもない。アーメン。