ちょっと前、久しぶりに若い子達と話をする機会があった。

若いと言っても30歳目前の青年と呼ぶにはちょっと肌の張りが無くなった年頃の子達6人、、、、、、

身の上相談ではないが、後腐れの無い関係の薄いこのおっさんに思いのたけをぶつけてくれたようだ。


正直、栗の花の匂いがぷんぷんする、非常に鼻を摘まみたくなるような内容で、全て一蹴で終わってしまった。


他人が自分をどう見てるのか不安だ。

真実ってなんだ?

未来に希望が持てない

どうせ頑張っても駄目だ

異性にもてない

何をして良い解らない

学歴が無いから、田舎もんだから卑屈になる



そんな事、全て20歳前半までに解決して大人になってこい!!


僕はいつまでもおっさんにはならないと思っていたけど、この子らの青二才ぶりを見ていると、僕は確実にこの子らより長く生きているんだなと感じさせられる。

僕も同じ事を感じていた時期があった。

親友が溺死し、彼女がレイプされ、家を飛び出して、今ここに居るけど、、、、、、、、

問題は全て環境が解決してくれる。

人は幾らでも生まれ変わる事ができる。

僕は上記の様な病んだ若者を「都会病感染者」と言っている。

そう言う無気力なネガティブ思考は、一生けん命生きている人には無縁な感覚なのだ。

何でも周囲にあって手に出来るけど、何も手にできない。

情報が生き物のように息吹いていて、それを追いかけて行くことで精一杯、、、、、、、

何かにしがみつきたいのに、なににしがみついけば良いのか解らない。

友達なのか他人なのか、他人と知り合い、友達の定義すら解らない。

1人でいる事が不安で、でも、一緒にいるとうざい、、、、、、、、、、


正直どうでも良い。

この手の感覚はいやと言う程経験したし、自分自身もがいてきた。

手を差し伸べたって、それを握りしめる術すら解らないこの子らに、優しい言葉なんて何の意味も持たない。


何か言ってやれるとしたら、身1つで知らない街で生活しろ。

街も音楽も本も、ネットも全て置いて、身1つと僅かなお金だけで知らない街へ行ってみろ。

それが田舎なら田舎の程良い。

そうすれば、「都会病」になんて掛らずに、生きると言う事を見つめなおす事が出来るのだから。


「人生1度きり、、、、、」

今回話をした子達に共通して言っていた言葉、、、、、、、

でも、こいつらは、死んでも生き返ると思ってるよ。

今、この瞬間、地震が来てendを迎えるかも知れないのに、それをフィクションとしか感じてないよ。

人間全てに、平等に与えられているもの、、、、

それが死だ。

人間は、必ず死ぬ。

生後間もなく死ぬ子もいるし、100歳以上生きる人もいる。

生の長さは人それぞれだけど、確実に人は死ぬ。

死に向かって生きていると言っても過言じゃない。

生まれてきた瞬間から、死へのカウントダウンが始まっている。

でも、死ぬ為に生きている訳じゃない。

最後に死があると言うだけで、その有限な時間は無限に我々に与えられている。

それに気が付かない人があまりにも多すぎる。

それを本当に実感していたら、一生懸命に生きる以外に無いじゃないか。

悩んでも良い。

でもその悩む事に、命の炎を燃やして、息ができないほどモガイテ苦しんで、そして開く。

そうすれば、より豊かな人生になるに違いないのだから。



困っている人がいる。

それを助けるのは何故か?

それは、自分の気持ちを満たしたいから。

自分本位な感情で手を差し伸べているだけ。

自己中心的な感情が、人の全ての行動の源だ。


それに気づかず、感情的に否定するような奴は、自分を解ってない。

少しでも疑問に思うなら、まだ救いはある。

自分の心に問いかけてみろ。

そうすれば、全ての真実が解き明かされる。


Je pense, donc je suis