部落と言う言葉を聞いたのは、20歳を超えてから、、、、、

僕の生まれ育った地域では、そんな教育はしていなかったし、そんな事が問題になっている事もしらなかった。

子供は教えられない事は覚えない。

これは教育と言う事だけではなく、大人から見聞きする事も含めてだ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090401-00000001-mai-soci


関東では、「差別を無くそう」なんて言う広報やCMなんて見た事が無かった。

それが三重県にきたら、色んな所で目にしたものだから、

「こんな田舎なのに黒人差別があるのか~」

と本気で思ったものだった。

僕の中で部落差別と言う発想は無い。

ましては精神疾患は明らかに病気で、本人に非がある訳も無く、そう言う人なのだから配慮は必要だとは思うけど、なぜ差別すると言う事に繋がるのかも理解できない。


僕の中には、人種差別と言う物は無いと思っていた。

でも、先にも書いたが、「こんな田舎でも、、、、、、」

これは差別では無いのか?

よくよく考えると、僕は都会人で、田舎の人とは違うと言う気持ちがあるのではないか、、、、、


身も心も今住んでいる土地の人間になっていたつもりでも、実は卑下しているのではないか?

もしそうだとすると、生まれと育ちがそうである以上、矯正できる物では無いのではないか?

矯正すると言う事は、生まれ故郷を否定すると言う事なのではないか?

自分のバックボーンを、過去を消す事意外に、この田舎、都会と言う意識は無くならないのではないか?


そう思うと、今まで簡単に考えていた差別問題が非常に根の深い問題に思えてきた。


この記者はアフォだ。

49歳にもなって、非常識なアフォなんだけど、こう言う問題は歳をとればとる程、根深くなるのかもしれないな~。

出身地を聞く、出身大学を聞く、出身高校を聞く、乗っている車を聞く、何処に住んでいるか聞く、、、、

そうした全てが優劣に結びつき、差別に繋がるのかもしれない、、、、、


人は、他人と比較して、少しでも優位である事に安堵と喜びを感じるんだ。