高校の頃、僕は電車で席を譲る事が、凄く恥かしかった。

老人に席を譲る事は非常に良いことだ。
元気な自分が座っている代わりに、体の不自由な方に楽になってもらう。


若かりし頃、その行為は自分が気持ち良くなる為に行う自慰行為では無いかと真剣に考えた時期があった。


助けてやりたい。救ってやりたい。

この気持ちは尊いのか?

助けて気持ち良かった。救って気持ち良かった。

この気持ちは自慰行為か?

セックスしたい。
セックスして気持ち良かった。
この気持ちとどう違うのか?


欲求を満たす行為、その事には双方違いは無く、結果的に人に感謝されるか否かの違いしかない。

それでは、「人に感謝されたい」と言う気持ちは純粋なのか?

そう考えると、感謝の奥には下心が見え隠れしていて、僕は人に何かをしてあげる行為が恥かしく思えた。


黒柳てつこは、難民キャンプで、持っていたお菓子(だったかな?)を差し出した。

その時、現地のボランティアの人に、叱られたそうだ。

「そんな物を1度食べてしまうと、その味を覚えてしまって辛さが増してしまう。」

確かにそうだ。

その通りだ。

人は良い時を知らなければ、現状を悪いと感じない。


人に施しを与える。

この行為は上から下に向かって発せられている驕った気持ちではないか?

そう考えると、施しも、ボランティアも、良かれと思って行う全ての行為が、自己満足のオナニーでしかないように思えてしまう。