物を作り出すアーティスト。

表現の源は人それぞれあると思う。

その源が劣等感だったりコンプレックスだったり、真実を追い求めた場合、アーティストの寿命は短命だ。



この場合の寿命とは2つの意味を持つ。

1つはアーティストとしての寿命、もう1つは人としての寿命


僕が学生の頃、天才的に上手いギタリストとバンドを組んでいた。
その音色、作曲センス、技術、どれをとっても比の打ち所の無いギタリストだった。
インギーを耳コピで完璧(ぽっく)いとも簡単に弾く事ができ、アレンジまで即興で加えていたと言えば解ってもらえるだろうか?

でも、そいつは彼女ができてギターをあっけなく止めてしまった。
元々努力無しに弾けるようになった彼、
もてないコンプレックスを音楽への力に転化していた彼、
そんな彼にとっては彼女ができれば音楽はどうでも良かったんだろう。

僕は学生の頃、大学も行かずに音楽ばかりをやっていた。
音楽がなければ生きて行けないと思っていた。
それも、今思うとコンプレックスとか憤りを力にして音楽に転化していたように思う。

結婚した今、音楽は全く聞かなくなってしまった。
音楽に生きる力を求めなくなったからだと思う。
そう言った匂いのする音楽を避けるようになっている。
曲もいつしか書けなくなっていた。
音楽に乗せる言葉を失ったからだ。

尾崎豊は若くしてこの世を去った。
hide・西岡恭蔵・芥川龍之介、、、、、、

数えだしたらきりが無い。

物を作り出す力が、人間の深い感情から沸き起こっている人、若しくは自分の中にしかない真実を世の中に見出そうとしてストイックに突き詰めて行く事で作品を搾り出してゆく。

その結果、生きて行く事ができなくなり、自殺に自らを追い詰めてゆくのではないだろうか?


そこまで突き詰めて行かなければ、商業製品の量産者でない、真のアーティストにはなれないのかもしれない。

それに気づき、僕には無理だと音楽を捨てたのは22歳の頃だった。


1人で生きて行くには、
    
    一生は余りにもはかなく
        
        余りにも無様だから、、、、、