
敷物ひいて、午後ティ飲みながら

ちょっとした夢だったんだ、これ
大好きな人、応援するの

一生懸命念力送ってみたり、私は私で頭のなか超忙しい

でもちゃんと優勝しました
もし旦那さんがソフトボールする人だったら、毎週ついていって応援したいな

とか、
いやいや、月1回くらいしか一緒に行かなかったりして…

とか…

頭の中妄想でいっぱいで、それも楽しかった

旦那さんはスポーツマンがいいね

やっぱり

でも

何チームもいたのに私以外に応援してる人、2人くらいしかいなかったのがちょっと寂しかったなぁ















人生とはぁーなんぞや?
という、疑問をよく耳にする。
昔、ザオは思った。
人生とは、意味を見出していく、また、理由づけする作業だ。
・・・と。
高校生の時、ザオは一生懸命打ち込むことがたった一つあった。
筋肉少女帯のおっかけだ。
・・・(笑)
まさしく全身全霊を込めて、「筋少」の作品を愛していたし、その世界に学んだことは、今もって大きいと今でも胸をはって言える。
第一、あの時の胸の高鳴りと吸収率は、10数年たった今でも脳ミソに残像としてはっきりと覚えている。
当時の私は、まさに「没頭」という単語がふさわしく、頭の脳細胞は隅から隅まで「筋肉少女帯」で埋め尽くされていたし、寝ても覚めても四六時中、筋肉少女帯のことばかりを考えていた。
故に学校になんていく「意味」がなかった。
自分のふがいなさ、無力さ、無能さ、嫌悪感、そんな「マイナスの要因」を全て受け入れて「ヨシ」としてくれるような、そんな「懐の深さ」を筋肉少女帯から感じていたのだった。
勝手にね・・・(笑)
そんなある日、国語の担任である若き女性に、休憩中教科室にくるように呼ばれた。
何故自分がクラス担任でもない、ただ単の教科担任に呼ばれたのか、国語の成績がそんなに悪いこともないし、とにかく「?」マークを頭の上にいっぱいつけながら昼休憩、教科室に向かった。
女性教師は座ったまま、私の間抜けな顔をキッと見上げた。
「あなた、なんかのバンドのおっかけをする為に、学校を休んでいるみたいね・・・。」
と、切り出した。
話を聞けば、私が学校を休みがちなことは、各教師陣の問題になっており、この人は勝手に「頭にきた」状態で私を呼び出したようなのだ。
ちょっと耳にザラツク、高めの声で彼女は言った。
「あなたね、あなたが今していることは、全くの『無意味』にほかならないのよ。」
ちょっと気取った口調でいいやがった、コイツ。
「将来の役にも立たないし、お金使って損をするだけだわ。
そんなことはすぐにやめるべきよ。
私はあなたの為を思って言っているの。」
女性教師は、イケシャーシャーとそんな愚説をわたしの言い分も聞かずに抜かし続けた。
そして、言葉がとまり、どう思っているのかをわたしに聞いてきた。
わたしは、この教師に何も言いたくなかった。
「何故山を登るのか」という愚問と全く同じレベルのことをこの人は言っている。
私は、何も言いたくなかったのだが、そうはいかないので少しだけ言うことにした。
「先生。確かに、高校生というのは学生の本分である学業をまっとうしなければいけません。
しかし、今の先生の言葉は、はっきり言っておおいにひっかかります。
第一、『無駄』が何故イケナイのでしょうか。
この世の中には、『必要』しか存在してはいけないのでしょうか。
現に、わたしの目に無駄と思えるものが、必要だからこそ存在するとわたしは思っています。
先生の人生には、無駄がなかったのですか。
わたしは、わたしの価値観の中で許される限り、吸収したいと思っています。
必要か無駄か、意味があるのか、無意味なのか、それは人それぞれの価値観によって異なるものだとわたしは
思うのです。」
わたしはそう告げて、クラス担任の宇田先生のところに向かい、一部始終を報告した。
宇田くん(おじいちゃんだけど、宇田くんって読んでた。汗)がどう思っているのか、関係ない。
ただ、あなたのクラスの生徒は、こういう考えを持った人間もいますよ、ということを伝えたかった。
宇田君は、静かにわたしの話に耳を傾けてくれ、わたしのことを「理解」してくれようとした。
放任とは少し違う、「信頼」のようなものだった。
そして、わたしが知らないところで、随分かばっていてくれていたことも、その時初めて知った。
わたしは、その日の出来事の中に、自分の幼稚さを知り、担任の懐の大きさと出会いに感謝した。
それから3年間、宇田君の「信頼」のもと、やめることなく「おっかけ」続け、勉強は全くできないまま、一芸で勝手に大学受験をし、勝手に合格した。
出席日数の問題と成績で、実は「留年」が確定していたらしいが、「勝手に合格」したので、学校側もやっかいもんは早く卒業させたかったのだろう。
卒業を許してくれた。
・・・その話も、卒業当日、数学担任の口からはじめて知った。
お前なぁ・・・宇田先生に感謝しろよ!!
卒業自体で涙は出なかったのだが、その時はじめて涙がでた。
先生に出会えてよかった・・・と。
最後の最後まで宇田君は、わたしの知らないところでずっとわたしをかばってくれていた。
わたしは、本当に感謝した。
この人に出会うためにこの学校に入学して、この人の愛を知るために自分がおっかけをしていたのではないかとすら感じた。
「おっかけ」は卒業後、約半年であっけなく幕を閉じた。
大学の方が環境的には追っかけしやすいはずなのに、わたしの中ではそれこそ「必要」ではなくなった。
けれども、わたしにとって「筋少」を愛したことは、それ以上にいろんなことを理由付けしてくれる、人生のスパイスになったのは言うまでもない。
感謝だ。
そして、
世の中に「無意味」なものは存在しない。