「つぼみ」
アパートの一室に一人で暮らすリュウイチは20代後半のサラリーマン。恋人はいないが遊び相手には事欠かない男だった。
彼は「将来」というものにさほど関心が無く、ほとんどなにも考えたことが無かった。だから恋人ができたとしても「二人の将来」ということを考えた経験は無い。そういうことを求められたこともない。
そんな彼が男友達と遊んでいて、偶然に出会った女から「泊めてくれる?」と聞かれ、気軽な気持ちで「ああいいよ」と答えた。
リュウイチは女は翌日に帰るものと思っていたが、そう言うようすがない。
「まだ居るの?帰らないの?」と彼が聞くと。「居てもいい?」と女は答えた。不思議な女だと彼は思った。だが「別にいいか」と軽く考えていた。
女は彼の身の回りのことをいろいろしてくれた。そして、買い物に行くと食料品などと一緒に小さな花瓶とまだつぼみの花を一本持って帰ってきた。彼女は窓の近くの机の上に水を入れた花瓶を置きつぼみの花を刺した。リュウイチはその花が何という名前なのかはわからなかった。「自分の部屋に花があるなんて初めてだナ」そう思っていた。
「暖かいから、きっとあした辺り花が開くワ」女がそういった。
翌日、リュウイチは朝、仕事に出かけた。女は部屋に残っていた。「別に盗まれて困るほど高価なものは無いからな」彼はそう思った。
「じゃあ、行くよ」
「いってらっしゃい」女は微笑んで送り出してくれた。リュウイチはそんな風に女性に送られて部屋を出たことが無かったので、こういうこともいいものだと思っていた。その日は一日、部屋に帰るのが楽しみな気がした。
「ただいま~」そんなことを言って自分の部屋に入るのも初めてだった。だが部屋には誰も居なかった。「出かけているのか……」そう思いながら上着を脱ぐとき、机の上の花瓶の花に目がとまった。朝は確かつぼみだったが、昼間に咲いたらしく開ききった花びらが机の上に落ちていた。
「仕事に行っている間に、咲いて散ってしまったのか」彼は苦笑いした。だが、散った花びらと一緒になにか「生物の抜け殻」がひとつあった。それは見たことも無いものだった。
「なんだろう。これ」リュウイチは抜け殻を恐る恐るつまんでみた。
女はそれきり姿を見せなかった。聞いた携帯番号にも連絡は付かなかった。
おわり
