日本航空123便墜落事故について ~「ボイスレコーダーを公開せよ!」は正しい?~ | ザキリューのブログ

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123便墜落事故に関して、事故調査委員会(現在の運輸安全委員会)の調査結果に懐疑的な方がよく仰られるのが
「ボイスレコーダーを公開しろ!」
「公開しないのは後ろめたいことが録音されているからだ!」
という主張。

 

正確にはコックピットボイスレコーダー (CVR)。
コックピット内の音声、および管制等との交信を録音したものです。


CVRのデータは文字起こししたものが事故調査報告書に記載されており、全世界に向けて公開されてます。
なので「もう公開されてますよ?」で話は終了なのですが、懐疑派の方々は「報告書は信用できない」として、生データの公開を求めているわけです。

 

「でもコックピットの音声ってYoutubeとかで聞けなかったっけ?」
という方も多いかと思いますが、これは2000年に流出した音声がテレビで放送されたものです。
誰が流出したのかはわかっていないものの、一応音声データを聞ける状態にはなっているわけですが、流出した音声データは「複数のデータを統合している」と言う意味で明らかに“編集”されており、さらにそれを受け取ったテレビ局などでも放送にあたって手を加えているでしょう。
なので今拡散されている音声データについて、改ざんとか編集とかを論じることに意味はありませんし、そもそも非公式なものなに対して改ざんがどうのこうのと文句を言う人はいないでしょう。

 

と言うことで報告書懐疑派の方々が「CVRは改ざんされている!」と仰っているのは、『報告書に記載されたCVRの文字書き起こしデータは改ざんされている』という主張であると考えます。

 

今回は2つの観点で深堀します。

 

  1. CVRの生データは公開可能か?
  2. 報告書のCVRのデータは改ざんされているのか?

 


1、CVRの生データは公開可能か?

 

結論から言うと公開は不可能です

 

理由は国際民間航空条約(通称:シカゴ条約)でCVR等の生データの公開を禁止しているためです。

 

日本を含めて世界中の多くの国が「国際民間航空機関(略称:ICAO)」に加盟しており、シカゴ条約に批准してます。

https://www.icao.int/Pages/default.aspx

 

ICAOの目的は『国際民間航空に関する原則と技術を開発・制定。その健全な発達』。各国がシカゴ条約を遵守することで、航空技術や事故の情報を世界で共有できるわけですね。

 

そのシカゴ条約の中で航空機事故の調査の基準や手順が定められているのが第13付属書です。
この第13付属書の中でCVR等の生データの公開が禁止されてます。

 

第13付属書はICAOのサイトで閲覧可能ですが(アカウントの登録が必要です)、残念ながら日本語版はございません。
ただ日本航空機操縦士協会の昔のサイトに古いバージョン(第8版)の日本語版があります。
http://www.japa-shibu.jp/japa/
http://www.japa-shibu.jp/japa/japa_com/houmu/pdf/houritsu/icao13.pdf

 

大意は変わっていないのでこちらを見てもいいのですが、せっかくなのでICAOにある最新バージョン(第13版)を見てみましょう。
『Google翻訳+私の日本語手直し』でお送りいたしますので、不安な方はICAOのサイトで原文をご参照ください。

 

第13付属書の【第5章 調査】に以下の記載があります。

 

事故・事件調査記録の保護

 

5.12  事故または事件の調査を実施する国は、当該国が指定した権限のある当局が国内法に従い、付録2および5.12.5に従って、当該記録の開示または使用が当該調査または将来の調査に及ぼす可能性のある国内的および国際的な悪影響を上回ると判断しない限り、事故または事件の調査以外の目的で以下の記録を公開してはならない。

a) コックピットボイスレコーダーと航空機に搭載された記録の録音、およびそれらの録音の複製

b) 事故調査機関が保管または管理している以下の記録
 1) 事故調査当局が調査の過程で関係者から得たすべての供述
 2) 航空機の運航に関与した人々の間のすべての通信
 3) 事故または事件に関与した人物に関する医療情報または個人情報
 4) 航空管制機関の録音および録音の複製
 5) 事故調査機関および認定代理人が事故またはインシデントに関連して行ったフライトレコーダー情報を含む情報の分析および意見
 6) 事故またはインシデントの調査の最終報告書の草案

 

5.12.5 各国は、コックピットボイスレコーダーの音声並びに航空機に搭載された記録の画像及び音声が、一般に公開されないよう措置を講じなければならない。

 

このように諸々のデータを一般に公開することは出来ないと明記されてます。


「公開することで得られるメリットが悪影響より大きいと判断出来ない限り」という条件がありますけど、既に専門家によって調査分析が完了している元データを公開することで得られるメリットと言うと、失礼な表現になりますが『聞きたい人の気持ちを満足させる』以外にないと思うんですよね。

 

では何故ここまでデータが非公開とされているのか。
理由が以下の注釈に記載されてます。

 

注記 5.12 に記載されている記録には、事故または事件に関連する情報が含まれる。安全上不要な目的でそのような情報が開示または使用されると、将来その情報が調査員に対して公開されなくなるかもしれない。こうした情報にアクセスできないと、調査プロセスが妨げられ、航空の安全に重大な影響が及ぶことになる。

 

つまり「情報が広く公開されるようなことがあると、今後情報を得られなくなる可能性があるから」ということです。
内容にもよりますが、情報が拡散されることで当人が裁判等で不利になったり、バッシングなどの私刑に結びついたりする可能性があります。であれば当事者が「余計なことを言わずに黙っておこう」となりかねないことは容易に想像できます。


事故調査の目的は再発防止です。

その目的を妨げる可能性があるなら、非公開となるのも致し方ないでしょう。

 


ただ、CVRの生データの公開を求める方には以下のようなことを仰る方もいらっしゃいます。

 

「シカゴ条約は破っても問題ない」
「過去にCVRの音声データが公開された事故があるから、123便事故でも公開するべき」

 

本当でしょうか?

 

まずシカゴ条約を破って問題ないわけがありません
それは他国と航空の安全に関して情報を共有できなくなることを意味します。
国際条約を破ることは他国の信頼を失うことに繋がるのです。
つまり国益を損ねるということです。

 

日本国憲法でも国際条約を遵守するよう定められてます。

 

(日本国憲法)

第九十八条 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
2 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。

 

シカゴ条約は破ってもいいとする方は、憲法を無視していいと仰ってるのと同義。そんな言い分が通じるはずもありません。

憲法に基づいて『知る権利』を主張されるのであれば、国益に通ずる憲法を守ることも忘れないでください。

 

そして『過去にCVRの音声データが公開された事故がある』という点についてですが、これを主張なされる方は以下の航空事故を例に出されることが多いです。

  • 1972年 日本航空ニューデリー墜落事故
  • 2009年 USエアウェイズ1549便不時着水事故

まず日本航空ニューデリー墜落事故

1972年当時の日本航空471便が、インドのニューデリーで墜落して乗員乗客90名が亡くなった事故です。
この事故で日本航空がCVRのデータを公開していたことを受けて「だったら123便事故でもCVRを公開出来るはず。公開しないのはおかしい」という論法になります。

 

まず事実として、この事故のCVRは公開されました。
ただし、これは事故の現場であるインドが『裁判形式で行う独特の方式』という調査方法を取っているためであり、CVRの音声が流されたのは公判の中での話です。そのデータをメディア(NHK)が入手して保管しているそうですが、こんなのは特別な事例。

 

柳田邦男氏の著作「続 マッハの恐怖」(発売日:1986/11/1)にも以下の記載がございます。

 

(「続 マッハの恐怖」P.288)

つづいて七月二十日、第三回法廷で、いよいよボイス・レコーダーが公開された。事故調査のための法廷は第一回公判以来すべて公開であり、後半資料もすべて公表することが、すでに報道機関に伝えられていたが、日本の特派員にとってとくにこの日の法廷は傍聴を欠かすわけにはいかなかった。
(中略)
だが、ともかく証拠資料の公開というわけで、ボイス・レコーダーのテープは録音機にかけられたのである。ボイス・レコーダーのように事故調査上最も重要な物的証拠がナマのままで公開されるということは、世界でも異例のことであった。

 

この事故を引き合いにして「CVRは公開されるべき」と主張するのは「赤信号でも救急車はそのまま通れるのだから、自分も赤信号を無視して問題はない!」と言ってるのと同じではないでしょうか。

 

そしてUSエアウェイズ1549便不時着水事故について。
これは2009年にUSエアウェイズ(現:アメリカン航空)1549便が両エンジンが停止した状態でハドソン川に不時着したものの、なんと死者数がゼロと言うことで「ハドソン川の奇跡」と呼ばれ、映画化までした事故となります(トム・ハンクス、カッコよかったですね)。


この事故の公聴会でCVRが公開されたため「アメリカではCVRを公開するのが当たり前だから、日本で公開しないのはおかしい」という論法になります。

 

確かに映画「ハドソン川の奇跡」ではCVRが公聴会で流されるシーンがありました。
でも現実の公聴会ではどうだったのかと言うと、実際のCVRは流されていないようです。

 

公聴会は議事録が公開されてます。

https://data.ntsb.gov/Docket/Document/docBLOB?FileExtension=.PDF&FileName=Transcript+-+Public+Hearing+Day+1+%2806%2F09%2F09%29-Master.PDF&ID=40315650

 

議事録によると、実際の公聴会では事故時の航跡をアニメーション化したものが流されて、CVRについては文字書き起こされたものが表示されていたとのこと。

 

(USエアウェイズ1549便不時着水事故 公聴会第1日目(2009年6月9日)議事録)

In closing, I'd like to show an animation we put
together. It's of the ground track of the accident flight
beginning shortly before the time of the bird strikes. On the
screen, you'll see an aerial photograph of the Hudson River area,
a moving yellow line that will represent the aircraft ground
track, and you'll also see selected quotations from the cockpit
voice recorder and that's from the transcript.
We're not allowed, by law, to play that over the air.

最後に私たちが作成したアニメーションをお見せします。これは鳥が衝突する直前の事故機の地上航跡です。
画面にはハドソン川周辺の航空写真と、航空機の地上航跡を表す動く黄色の線が表示されます。また、コックピットボイスレコーダーの抜粋を文字起こしした記録もご覧いただけます。
法律によりこれを放送することは許可されていません。

 

法律でコックピットボイスレコーダーは放送できない、と。
アメリカでもシカゴ条約は遵守されているのです。

 

と言うことで、他の事例をもとに123便事故でのCVR公開を求めるのは厳しいかと存じます。

 


以上、CVRの生データは公開不可という話でした。


どうしても公開するのであれば、ICAOからの脱退か、シカゴ条約の改定が必要ですが、いずれもハードルは限りなく高いと言えるでしょう。

しかも、仮にそこまでやってCVRを公開したとしても、結果としては後述の通り「報告書のCVR書き起こしに改ざんは無かった」となる可能性が高いです。

 

そしてCVRの公開については日本航空を訴えても意味はありません

何故なら日本航空は生データを所持・保管してますが、それを公開する権限を持っていないのですから。

 


あとこれは完全に個人的な見解になりますが、もし仮にCVRの生データが公開されたとしても、そこに何の問題も無かったら(実際無いでしょうけど)、「CVRの生データは改ざんされてるに違いない」と言い出す人が現れる気がしてなりません。

 


実のところ、私個人としてはCVRの生データを公開できるなら公開した方がいいと思ってます。たとえ解析の結果として新たな発見が無かったとしても、『事故当時より向上した技術で改めてCVRを解析した』という事実によってご遺族の方々の気持ちが少しでも晴れるのであれば、そのことに意味はあるんじゃないかと。

(ただ人が亡くなる直前の様子を一般公開することの是非はあるかと思います)

 

しかし、残念ながら “公開は不可” が現実なのです。

 


2、報告書のCVRのデータは改ざんされているのか?

 

報告書にはCVRのデータが記載されてますが、これが改ざんされているという指摘があります。
正確に言うと「都合の悪い箇所が削除されているに違いない」という指摘です。

 

結論から申し上げると、これは完全に無理筋です。
改ざんは限りなく不可能と言っていいと思います。

 

CVRの概要について説明させていただくと、まずCVRは1本のマイクで全てを録音しているわけではなく、4つのマイク・チャンネルで録音されてます。

  • エリアマイク
     操縦室内の固定マイク。会話以外の環境音も録音。
  • 機長用マイク
  • 副操縦士用マイク
  • 機関士用マイク
     各自の交信内容を録音。

各自のマイクでの交信相手は以下となります。

  • 東京管制区管制所(東京ACC)
  • 東京進入管制所(羽田APC)
  • 横田進入管制所
  • 日本航空社用無線

各自はそれぞれのチャンネルで交信相手を変えることが出来ました。
報告書に記載されているCVRの文字起こしは、これらの録音データを元に書き起こされてます。

(2000年に流出した音声データはこの4チャンネルの音声データに加えて、管制側の音声データを統合して作成されたものと推察されます)

 

そして当然ながら交信相手側にも録音された音声データがあります。

つまり改ざんと行うのだとしたら、その交信相手も改ざん工作に加担してもらう必要があるのです。
大勢の関係者に改ざん工作という犯罪行為への協力を求め、データ間での矛盾がないよう厳密に辻褄合わせをしてもらって、それを記録に残さず口外することもなく40年間も隠し通してもらう。ちょっと考えればそれがどれだけ無理なことか想像できるでしょう。

 

それだけではありません。
航空機の通信は暗号化されていないため誰でも傍受が可能でしたので、123便の通信を傍受していた他の航空機や多数のエアバンドリスナー(航空無線の傍受が趣味の人)にも、都合の悪いことに関して緘口令を敷く必要があります。
大勢の航空機関係者はもとより、どこにどれだけいるか全くわからないエアバンドリスナー全員の口を封じることは不可能です。
実際、一般人が傍受した123便の交信内容が当時の無線雑誌に早々に記載されてたりします。

 

それに各自の音声は各自のマイクだけではなく、操縦室内の音声・音を拾うエリアマイクにも録音されてます。
そのデータから特定の音声が流れる箇所を削除したら、エリアマイクに拾われたその他の環境音が不自然な途切れ方をしたりすることは明白です。当時の技術でどこまで精巧な編集が可能だったのでしょうか。

 

結論として、改ざんは限りなく不可能であると考えます。

それでも改ざんの可能性を主張なされるのであれば、具体的にその方法を提示しない限り理不尽なイチャモンにしかなりません。

 


ただし、事故調査報告書にはCVRの音声全てが書き起こされているわけではなく、一部の音声はある意味隠されてると言えなくもありません

 

それは乗員同士の事故とは関係ない会話や、乗員への配慮であえて公開しなかった発言などがそれにあたります。最低限のプライバシー保護は考慮して当然でしょう。

 

シカゴ条約の第13付属書でも以下が規定されてます。

 

5.12.2 5.12に列挙された記録は、事故またはインシデントの分析に関連する場合にのみ、最終報告書またはその付録に含まれるものとする。分析に関連しない記録の一部は開示されないものとする

 

報告書に記載された機長の「どーんといこうや」という言葉が不謹慎だとバッシングされたことがありました。実際には副操縦士への激励の言葉であって全く非難される理由はなく、むしろ極限状態における機長の胆力は称賛に値するくらいなのですが、言葉は曲解・拡大解釈して受け取られることがままあるのです。

 

他にも機長の言葉の一部が報告書に記載されていないことが、流出したCVRの音声データから判明してますが、事故の分析に関係ない音声が一定の配慮によって報告書に記載されてないことをもって「データは改ざんされている!」などと言う人はいないと信じてます。

 


今回の結論は以下となります。

  • CVRの生データの公開は無理。
  • ただしCVRの改ざんも無理。

 

CVRの内容を知りたければ素直に事故調査報告書を読みましょう、という話でした。

 


123便事故に関する話になると「CVRを公開しろ」「CVRを公開しないのはおかしい」というコメントが必ず出てきます。
ICAOやシカゴ条約の存在を知らず、CVRがどのように録音されているのかも調べず、誰かがそう言ってたからそう思ってるだけの人達が大半でしょう。

 

「CVRは公開されてないのか!? 

 CVRが公開されれば真実が明らかになるのか!? 

 だったら公開しないのはおかしいよな!」
 

……くらいの感覚で。

事実と現実をベースに、冷静な判断を下せる人が増えることを祈るばかりです。

 


補足

 

123便事故について再調査を求める声もありますが、その点についてもシカゴ条約の第13付属書に記載があります。

 

5.13 調査が終了した後、新たな重要な証拠が入手可能となった場合、調査を実施した国は調査を再開するものとする。ただし、調査を行った国が調査をしなかったときは、その国は、まず調査を行った国の同意を得なければならない。

 

注記 公式捜索後に行方不明とみなされた航空機がその後発見された場合、捜査の再開が検討される可能性がある。

 

「新たな重要な証拠が入手可能となった場合」は再調査もありえる、としてます。
ただし、どんな “新たな重要な証拠” が発見されたら再調査がありえるのかと言うと、『行方不明とみなされた航空機』が発見されたとしても「捜査の再開が検討される可能性がある」レベルの話です。

 

2015年に123便のAPUの残骸の可能性があるものが相模湾で発見された、という報道がございました。
先日も2025/4/2の衆議院国土交通委員会で、立憲民主党の津村啓介議員が残骸の引き上げを主張なされてました。
ただ、そもそも123便の残骸であると断定されたわけでもありませんし、仮に残骸だとしても数十年間も海底で腐食が進んだ残骸に捜査を再開させるような証拠能力は無いでしょうし、仮に奇跡的に残骸が当時のままであったとしても航空機のほんの一部が発見されたくらいでは再調査には至らないでしょうし……運輸安全委員会が引き上げを実施しないのも当然と言えるかと思います。

 

ただ「引き上げて調査するべきだ」という気持ちも理解できます。
なのでそれを主張なされる方はクラファン等で資金を集めてみてはいかがでしょうか。
それで万が一、報告書の内容をひっくり返すような何かしらの証拠となりうる確たる痕跡が見つかったら、再調査の検討が始まる可能性くらいはあるかもしれません。