バルカッチャパ~ゴースタナ | 『パーシュパタスートラ(獣主派経典)』を読む
【バルカッチャパ(跋禄羯呫婆)】(大小灰外)Ⅲp307
 
 
伽藍は十余ヶ所で、僧徒は三百余人。大乗と上座部の教えを学ぶ。天祠は十余ヶ所、異道の人々が雑居している。今のバローチである
 
 
 
【マーラヴァ(摩臘婆)】(大×小○灰○外○)Ⅲp308
 
マヒー川の東南に依拠する。マイトリカ王国の東方分国。別名、南羅羅国。五印度中で学問を貴ぶのが、マガダ国とマーラヴァ国である。伽藍は数百ヶ所、僧徒は二万余人。小乗正量部を学ぶ。天祠は数百。異道の人々は非常に多く、多くは塗灰外道である。シーラーディティヤ(尸羅阿、マイトリカ王朝第八代でダルマーディティヤとも号した。在位595~610)が、無遮大会を行い、四方の僧を四事供養、三衣の具を施したり七宝を施したりした。大城より西北二十余里で婆羅門村に至る。ストゥーパがあり、傲慢な婆羅門が地獄に陥った所である。傲慢な婆羅門は僧バドラルチ(跋陀羅縷支)と論争し、敗北し、仏門に入ったが、大乗を謗った為に地獄に陥った所である。
 

(ヴァドーダラーのカーヤーヴァローハン(ラクリーシャの故郷)を示す標識  筆者撮影)
 
 
【アターリ(阿吒釐)】(大×小×灰×外○)Ⅲp315
 
天祠は十余ヶ所。気候は暑く風塵が多い。
 
 
【カッタ(契吒)】(大○小○灰×外○)Ⅲp317
伽藍は十余ヶ所、僧徒は千余人、大小兼学。天祠は十余ヶ所。
 
 
【ヴァラビー(伐臘毗)】(大×小○灰×外○)Ⅲp318
 
 
マヒー川の西北に依拠するのが、マイトリカ王国の西方分国の別名、北羅羅国のヴァラビーである。伽藍は百余ヶ所、僧徒は六千余人、小乗正量部を学ぶ。天祠は数百ヶ所、異道の人々は非常に多い。アショーカのストゥーパがあり、過去三仏の遺跡がある。今の王はクシャトリヤ種で、マーラヴァのシーラーディティヤの甥で今のカンニャークブジャのシーラーディティヤ(ハルシャ王)の娘婿である。ドルヴァバッタ(杜魯婆跋タク、マイトリカ王朝第十一代ドゥルヴァセーナⅡ世)と号する。性質落ち着きなく浅慮であるが、篤く三宝を信じている。城の近くにアーチャーラ阿羅漢の建立した伽藍がある。グナマティ菩薩とスティマティ菩薩が留錫された所である。ここで論を作った。
 
 
【アーナンダプラ(阿難陀補羅)】(大×小○灰×外○)Ⅲp322
 
マーラヴァ国に隷属。伽藍は十余ヶ所、僧徒は千人足らず、小乗正量部を学ぶ。天祠は数十ヶ所、異道の人々が雑居している。
 
 
 
【スラッタ(蘇剌侘)】(大小灰外)Ⅲp323
 
 
ヴァラビー国に従属する。伽藍は五十余ヶ所、僧徒は三千余人、大乗と上座部を学ぶ。天祠は百余ヶ所、異道の人々が雑居している。城の遠くないところにウッジャンタ()山がある。
 
 
【グジャラ(瞿折羅)】(大小灰外)Ⅲp326
 
都城はビラマラ(毗羅摩羅)と云う。伽藍は一カ所。僧は百余人。説一切有部を学ぶ。天祠は数十ヶ所。王はクシャトリヤ種である。
 
 
【ウッジャイニー(鄔闍衍那)】(大小灰外)Ⅲp327
 
 
伽藍は数十ヶ所、僧徒は三百余人。大小兼学。天祠は数十ヶ所で、異道の人々が雑居している。王は婆羅門種で、邪教の書物に博く目を通し、正法を信仰していない。アショーカ王が地獄を作った所のストゥーパがある。
 

(ウッジャイン 筆者撮影)
 
【ダキダ(擲枳陀)】(大?小?灰×外○)Ⅲp329
 
伽藍は数十ヶ所。少しく僧徒がいる。天祠は十余ヶ所。外道は千余人。王は婆羅門種。
 
 
【マヘーシュヴァラプラ(摩醯湿伐羅補羅)】(大×小×灰○外○)Ⅲp331
 
天祠は数十ヶ所、多くは塗灰外道である。王は婆羅門種である。
 
 
 
【シンド(信度)】(大小灰外)Ⅲp332
 
 
都城はビチュワプラ(ビ苫婆補羅)。伽藍は数百ヶ所。僧徒は一万余人。みな小乗の正量部を学ぶ。天祠は三十余ヶ所。異道の人々が雑居している。王はシュードラ種。アショーカがストゥーパを数十ヶ所建てた。ウパグプタ大阿羅漢がしばしばこの国に遊化した。その縁のある場所には伽藍が建ち、ストゥーパが立つ。
 
 
【ムーラスターナプラ(茂羅三部櫚)】(大?小?灰×外○)Ⅲp326
 
 
タッカ国に隷属している。今のムルタン。伽藍は十余ヶ所。少しく僧徒がいる。天祠は八ヶ所。日天の祠があり、その像は黄金で鋳造し、珍宝で飾られている。五印度中の王族・豪族が布施を行っている。
 
 
【パルヴァタ(鉢伐多)】(大○小○灰×外○)Ⅲp338
 
タッカ国に隷属している。伽藍は十余ヶ所、僧徒は千余人。大小兼学。天祠は二十ヶ所。四つのストゥーパはアショーカの建てたものである。城側に大伽藍がある。僧徒は百余人。みな大乗を学ぶ。ダルマグプタの弟子で唯識十大論師の一人である、ジナプトラ(慎那弗呾羅)論師がここで『ヨーガーチャーリヤブーミシャーストラ・カーリカー(喩伽師地論釈)』を書いたところであり、バドラルチ(賢愛)、グナプラバ(徳光)の両論師が出家した所である。この大伽藍はすでに焼け落ちている。
 
 
【アテームバシーラ(阿点婆翅羅)】(大?小○灰○外○)Ⅲp340
 
 
都城はカジェーシュヴァラ(湿伐羅)。シンドに統轄されている。伽藍は八十余ヶ所、僧徒は五千余人、多くは小乗の正量部を学ぶ。天祠は十ヶ所。多くは塗灰外道である。城中にマヘーシュヴァラの祠がある。アショーカのストゥーパが六つある。
 
 
【ランガラ(狼掲羅)】(大○小○灰○外○)Ⅲp342
 
ペルシアに隷属。都城は、ストゥレーシュヴァラ(窣菟黎湿伐羅)。伽藍は百余ヶ所。僧徒は六千余人。大小兼学。天祠は数百ヶ所。塗灰外道の仲間が非常に多い。城中にマヘーシュヴァラの祠があり、塗灰外道が信仰している。
 
【ペルシア(波剌斯)】(大×小○灰×外△)Ⅲp343
 
 
都城はスラスターナ(蘇剌蘇儻那)。伽藍は二、三ヶ所。僧徒は数百人。説一切有部である。天祠は非常に多く、ディナパティ(提那跋)外道である。西北にはフルム(払懍)がある。
 
 
【ピータシャイラ(臂多勢羅)】(大×小○灰○外×)Ⅲp348
 
シンドに隷属。伽藍は五十余ヶ所。僧徒は三千余人、みな小乗の正量部である。天祠は二十余ヶ所、みな塗灰外道である。城の北にストゥーパがある。アショーカの建てたものである。古い伽藍が近くにあり、マハーカーティヤーヤナ大阿羅漢が建立したものである。側にストゥーパと過去四仏の遺跡がある。
 
 
【アヴァンダ(阿輿荼)】(大小灰外)Ⅲp
シンドに隷属。伽藍は二十余ヶ所。僧徒は二千余人。正量部を学ぶ。天祠は五ヶ所。塗灰外道である。竹林の中に伽藍の廃址がある。アショーカのストゥーパがある。精舎には青石の仏の立像がある。その南にもアショーカのストゥーパがある。過去四仏の遺跡もある。
 
 
【ヴァルナ(伐剌拏)】(大○小×灰○外○)Ⅲp352
 
 
伽藍は数十ヶ所、僧徒は三百余人。みな大乗。天祠は五ヶ所。多くは塗灰外道である。城の南に古い伽藍があり、如来が説法したところである。過去四仏の遺跡がある。コーンカンカナ()国に接する。

【ジャーグダ(漕矩吒)】(大○小×灰×外○)Ⅲp355
 
 
都城はガズナ(鶴悉那)。伽藍は数百ヶ所。僧徒は一万余人。大乗を学ぶ。天祠は数十ヶ所。アショーカのストゥーパが十余ヶ所ある。シュナー(䅳那)天を奉じている。この神はカーピシーからこの国のシュナーシーラ(䅳那)山に移り住み威厳を示した。天神に仕える外道に咒術を授ける。
 
 
【ヴリジスターナ(弗栗恃薩儻那)】(大?小?灰?外?)Ⅲp360
 
都城はフービナ(護苾那)。王は突厥種である。
 
 
トカラ旧領
 
【アンダラーパ(安呾羅縛)】(大×小○灰×外△)Ⅲp363
 
突厥に隷属。伽藍は三ヶ所。僧徒は数十人。大衆部の教えを学習している。ストゥーパがあり、アショーカの建てたものである。神の祠を祀る。
 
 
【カスタ(闊悉多)】(大?小?灰?外?)Ⅲp364
 
伽藍は三ヶ所、僧徒は少ない。今のコスト川流域。
 
 
 
【ワル(活)】(大○小○灰×外?)Ⅲp365
 
伽藍は十余ヶ所、僧徒は数百人。大小兼学。王は突厥。東はパミール(葱嶺)である。 
 
 
【ムンガン(瞢揵)】(大小灰外)Ⅲp367
 
突厥に従属。
 
【アリーニ(阿利尼)】(詳細記述なし)Ⅲp368
 
 
今のハズラド・イマーム
 
 
【ラーグ(曷邏胡)】(詳細記述なし)Ⅲp369
 
今のファイザバードの北方ラーグ。
 
 
【クリシュマ(訖栗瑟摩)】(詳細記述なし)Ⅲp370 
 
現在のキシュム
 
 
【パリーガル(鉢利曷)】(詳細記述なし)Ⅲp371
 
【ヒーマタラ(呬摩呾羅)】(詳細記述なし)Ⅲp372
 
【バダクシャーナ(鉢鐸創那)】(大?小?灰×外×)Ⅲp374
 
伽藍は、三、四ヶ所。僧徒は少ない。
 
 
【ヤムバガーン(淫薄健)】(詳細記述なし)Ⅲp375
 
【クラーンナ(屈浪拏)】(大?小?灰×外×)Ⅲp376 
 
伽藍は少なく、僧徒も少ない。
 
【ダルマスティティ(達摩悉鉄帝)】(大?小?灰×外×)Ⅲp378
 
伽藍は十余ヶ所、僧徒は少ない。カンダータ(昏駄多)城の中に伽藍がある。石の仏像がある。
 
 
【シキーニ(尸棄尼)】(詳細記述なし)Ⅲp384
 
 
【シャミ(商弥)】(詳細記述なし)Ⅲp386
 
伽藍は、二ヶ所、僧徒は少ない。
 
 
【カルバンダ(朅槃陀)】(大×小○灰×外×)Ⅲp391
 
伽藍は十余ヶ所、僧徒は五百余人、説一切有部を学ぶ。クマーララータの為に、アショーカが建てた伽藍がある。城の東南三百余里に石崖に至る。二つの石室に羅漢の滅尽定に入ったミイラがある。
 
【ウシャー(烏鎩)】(大×小○灰×外×)Ⅲp400
 
伽藍は十余ヶ所、僧徒は千人足らず、説一切有部を学習している。城の西方二百余里に山がある。カーシャパ如来の時の羅漢の入定窟がある。
 
【カーシャ(佉沙)】(大×小○灰×外×)Ⅲp405
 
伽藍は数百ヶ所、僧徒は一万余人。説一切有部を学習している。カシュガルである。
 
【チャクカ(斫句迦)】(大○小×灰×外×)Ⅲp410
 
伽藍は数十、僧徒は、百余人、大乗を学習している。南に山がある。多数のストゥーパがあり、三人の阿羅漢が巌窟の中で滅尽定に入っている。この国の大乗経典は部数が多い。
 
 
【ゴースタナ(瞿薩旦那)】(大○小×灰×外×)Ⅲp415
 
コータン。伽藍は百余ヶ所、僧徒は五千余人、みな大乗を学ぶ。毘沙門天の神廟あり。王がカシミールからやって来たヴィローチャナ(毗盧折那)阿羅漢の為に建てた伽藍がある。城の西南にゴーシリンガ(瞿室食+夌伽)山があり、伽藍がある。その中に仏像がある。この山に大きな石室があり、阿羅漢が滅尽定に入っている。城の西南十余里にディールガバーヴァバナー(地伽婆縛那)伽藍がある。立仏像がある。バガイ(勃伽夷)城が西三百余里にある。仏の坐像がある。城の西方五、六里にサマニヤ(娑摩若)伽藍がある。霊験のあるストゥーパがある。城の東南五、六里にマザ(麻射)僧伽藍がある。城の東南百余里に竜鼓池の伝説が残る。城より東三百里に古戦場跡がある。さらに東に三十余里でフェーマ城に至る。栴檀を彫刻した立仏像がある。東して砂漠に入り、二百余里でニヤ(尼攘)城に至る。そこから東行すれば大流沙に入る。行くこと四百余りでトカラに至る。そこからチャルマダナ(折摩駄那)の故地に至る。さらに東北に行くとナヴァパ(納縛波)の故国、楼蘭である。