湘南ではたらく社長のアメブロ-2007y04m24d_185817328.jpg
最近、私の古巣であるSEGAが運営しているモバイルポータルサイト“セガ・パレード”に会員登録した。


理由はひとつ、
“『ぷよぷよ』を昔のレベルまで戻すため”
である。


私は最近殆どゲームはやらないが、学生時代は“ストリート・ファイター”を始めとする格闘ゲームにはまりよく同じ体育会ラグビー部寮に住んでいた同期やひとつうえの先輩と喧嘩さながらにやりまくっていた。実際同期の秋田工業高校出身で親友だったSTしやとは、“ストリート・ファイター”が原因でマジで何回も喧嘩した(笑)「ゲームで負けても喧嘩では負けねえぞ」とか言って(笑)そんだけ真剣に入り込んでいた(笑)


また、“テトリス”や“ボンマーマン”や『ぷよぷよ』などのパズルゲームは無敵だった。得意だった。


『ぷよぷよ』に話を戻す。

一時期、確か高校時代かな?、家族や親戚の間でも流行っていて、うちの母親や姉妹やいとこも強かった。


そこで腕を磨いた。



大学には『ぷよぷよ』に自信を持っての入学だった。


『ぷよぷよ』推薦か?と云えるほどの腕前だった。



体育会ラグビー部寮の中では、王者に君臨していたが大学3年の時に異変が起きた。


今ではラグビー日本代表の中心選手、“日本のトライゲッター”小野澤(サントリー・サンゴリアス所属)が入学してきた。


彼が大学1年で入学ほやほやの時(私が大学3年生の時)に、同じ部屋だった。つまり、時間を共有することが多かった。


一緒に部屋にいる時は殆どゲームをしていた。


先輩の維持を見せるために、大学レベルを見せるために『ぷよぷよ』の土俵に引きずりこんだ。



小野澤はめちゃ強だった。当時自称世界ランク10位の私が3回に1回しか勝てなかった。完膚なきまでに叩きのめされた。ハンパない連鎖だった。


もしかしたら、体育会は上下関係厳しいから、3回に1回の“1回”は悲惨な先輩に対してのお情けだったかもしれない。


彼は当時世界チャンピオンクラスだったと思う。


今では、強さ・スピード・うなぎステップで日本が世界に誇るトライゲッターであり、ラグビーはもちろん凄いんだが、


私の中では『ぷよぷよ』の道を極めた方が天下を取っていたと思う。



大学3年に味わったショックから、『ぷよぷよ』に対して燃え尽き、たまに遊びでしかコントローラーを握らなくなったのだが、


最近、またやったろうという気になって、携帯でやっている


がボタンが小さすぎて、ミスしてしまう、、



ブランクの代償は大きかった。


さて、
2009年7月30日木曜日。ちょい。ガンバロウ。最後まで。