社会人も3年を超えることには、仕事にも慣れ自分自身のやり方に
自信を持ち始めることである。
同時に、上司や先輩のやり方に疑問をもち不満も出てくるころである
ひどい時には、「無能なのじゃないか?私の方がうまくやれる」とさえ
感じてくるころである。
昨日は、まさにこうした若かりし頃の自身に満ちた若者の愚痴に
コーヒー一杯で4時間近く付き合わされた。
自分の経験上、「それは違うよ」「もっと年を重ねたらきっとわかるよ」
なんてアドバイスは、一切効果がない。
だから、ひたすら聞き役に回り同調をした。
ただただ、聞き役に回り同調と時折、気を害さない程度の意見を言っていれば
鬱積した不満のガス抜き程度にはなるかと思い、ひたすら我慢した。
同じ話、あちらこちらに飛ぶ論点、自分はどれだけ優秀で、それを上の人間が
わかってくれないといった、逆に論破してしまえば完膚なきまでに叩きのめせる
内容であっても、ひたすら聞き役に回ることにした。
こうすることで、どういったことを普段考えて不満の根本的なものがなんなのかを
見定めようとしていたのだと思う。
ただ、、、4時間は長かった。。。。
酒を飲んでいるわけでもなくひたすら愚痴をこぼし続ける若者の姿に、十数年前の
自分を重ねていたのかもしれない。
全く向上心のない上司。それでいて給料は自分よりはるかに高い。
新しい技術や世間の流れになぜ、敏感に対応していけないのか?
今考えても、やっぱり不満が爆発していたのだと思う。
ただし、若かりし頃の経験不足の中にはいくら不満に思ってもそれを打破するための
決定的な解決策は見いだせなく、稚拙なその場しのぎの考えに陥りやすい。
機能の若者もまさにそうであったが、あえて解決策は提案しない。
自ら見つけ出せない限り、本人の成長にはならないし、失敗を重ねたほうが
人間大きくなれる。
「数年後に思い出してほしい」なんてアドバイスなんて結果的には更に
鬱憤をため込むだけで機能の状態では受け入れることなんてできなかったはずだ。
だから、また機会があれば少しずつ大人の階段から見えるものを教えていければと思い
家に帰ったら夜中の12時であった。。
本日は非常に眠い!!!