実は、私はハーフである。アメリカと日本の。しかし、家庭では英語を金輪際使わず、帰国子女でもない。

 

今回は、私が模試で英語の偏差値75を叩き出せるようになった人生の軌跡を書いてみようと思う。誰かの参考になってくれたら幸いである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…とその前に…

 

良くハーフや帰国子女はずるいと言われることがある。

確かに普通の日本人よりかは遥かに少ない努力で英語ができ、受験でもチート級の脅威的存在だ。

さらさら否定する気はない。自分も英語のパワーだけで受験・人生をゴリ押してきた自覚がある。

 

しかし、私たち・彼らなりのコンプレックスもあることだけ心に留めておいてほしい。

 

ハーフにおいて:

ーー

・苗字を外国の方からとってた場合、苗字のいじりによるいじめ

・自分は何人で、どこの国に属するのか、などのアイデンティティの不安定性(たまに爆発する)

・英語圏とのハーフなのに英語ができない場合は自己嫌悪、他のハーフと比べての劣等感

(ハーフだからと言ってその言語が必ずしもできるわけではない)

ーー

などがある。

 

帰国子女は…

 

本人ではあるまいし、弁明の余地が私には見つからない。あなたは最強の存在である。間違いない。

 

 

①幼少期

 

記憶は皆無に近しいが、アルファベットで遊べるオモチャとかは弄ってたらしい。

 

②幼稚園

 

幼稚園は英語で世話をしてくれる、俗にいう「インター」で過ごした。国際色豊かで愉快で、純粋な外国人から純ジャパ、そしてもちろんハーフも数多いた。

 

ここで幼稚園児なりの会話は英語でできるようになったが、書きは壊滅的だった。

一番好きだった曲は

「Take Me Home, Country Roads」。

 

③小学校

 

「帰国子女アカデミー」(KA)という英語塾に小1から8年間通うことになる。

(人生の半分か…長いな)

 

週1で、授業時間は1-2時間程度。オールイングリッシュで文法だの文章読解やのスピーキングを練習した。詳しくは次回話す所存。語れる事が無数にある。

 

そういや小6ではなっがい単語を覚えるのにハマった。

 

Supercalifragilisticexpialidocious」(素晴らしいという意味。映画「メアリーポピンズにて初登場」)

 

floccinaucinihilipilification」(無価値と判断すること)

 

Pneumonoultramicroscopicsilicovolcanoconiosis」(超微視的珪質火山塵肺疾患)

etc…

 

 

 

楽しそうである。

 

 

 

④中学校(普通の公立。共学)

 

KAはせっかくの英語力を廃れさせないため、中2まで継続。

 

課題は皆無に等しく,ただ英語でわちゃわちゃするだけ。ガチでバチくそ楽しかった。

 

中3からは高校受験に向けて他の科目を鍛錬するため勇退。そこから英語はほぼノー勉である。

 

学校で中2?に受けさせられたGTECは満点。(CoreとかBasicなど、どのレベルで受験したのかは忘却)

 

中1終盤で勉強に燃え尽き、「なかだるみ」したが英語のYouTubeを見ることだけは毎日欠かさなかった。(ただのアホバカくず)

 

おかげでスピーキングを中心に英語力が劇的に飛躍したのは認めざるをえない、というかそう思わないと精神衛生的に悪いぜ。

 

だが実際、ジャンルはなんでもええから英語のYouTube見るのは非常に効果的であるらしい。独学だと言う純ジャパで僕より断然発音のいい先輩が言ってた。

 

確かに言い回しの引き出しが増え、すぐに英訳できるようになった…気がする。

 

この頃は今と違って洋楽ばっか聞いていた。純粋にかっちょいいと思ってた。

 

 

⑤学院

 

NOTHING☆

 

夏休みからは英語のYouTube見るのをやめてしまったため、いよいよやヤヴァイ。(残念ながらようつべをやめた訳ではあらず)

 

マジで英語との接点がない。というか自分でも勉強するつもりがそもそもない。

 

ちょっと前までは海外大行きたくて「英語こそ至高」であったが、なにせ日本語の方が英語より含蓄あって遥かに面白いと悟ってしまったのだ。日本が好きになってしまったのだ。

(ちょうどボカロとか東方に触れ始めたときやな…)

 

そうやなぁ 

 

言えば日本語は幻想的で儚くも力強く美しいといった所か。

(※個人の感想です)

 

ゲームに飽き、勉強に飽き、英語に飽き…私はきっと飽き性なのだ。切り捨てていく代わりに新たな心の源が与えられる分にはいいが、その供給が追いつかなくなるといよいよ鬱になるんだと思う。というか、もう何度もなっている気がするが…

 

 

 

 

 

 

 

人は何かを愛し、愛されないと生きていけないのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

そういや私のクラスではなぜか相手の元いた地名を言って「〇〇に帰れ」というネタ?が流行っている。

 

その人だけではないが、とある国の純粋な外国人に向けられてよく言われる。正直、外国人だからと言うよりは授業中めっちゃうるさいなど本人自身が要因やとは思うが…

 

※本稿は特定の国の人を差別する意図は全くないです。私は人種で差別するのはしょうもないと思ってます。だって皆人間だもの。

 

中学では一度も言われたことないが、私もたまに「アメリカに帰れ」と言われる。

(日本生まれ・育ちやけど)

悪気はそこまでなく、ただじゃれあっているだけやから気にはしていないが…

 

いろんな地域からつどってきてるのが原因であろう。

 

多発する、どっちの地域の方が栄えてるかの優劣を競う超建設的でフルーティなバトルが炸裂される時の、最後の一撃にも使用される。

 

実に哀れなり。(※冷笑ではありません)

 

ちなみに学院を患う練馬に対する有効な切り札は「陸の孤島」。

 

私の場合、中学では私以外にも多かったハーフや外国人が学院では少ないのもあると思う。100人程度知り合いはいると自負してるが、ハーフや外国人はほんの数人だけである。

(帰国子女はバカ多い)

 

 

 

<英検>

 

小学校は割とガチってた。

 

小1に英検5級を満点で受かり、小2で4級、小3で3級、小4で準2級、小5で2級、小6で準1級

 

と、steady, but surely に進んで行った具合である。

 

なんかバッジ貰えた。

 

 

一応証拠

 

 

 

1級は…中1で受験したが……

 

 

 

 

 

 

14点差で落ちた。(選択問題で1,2問差?成績表は見つけられず。というか、多分残してもいない。)

 

正直舐めていた。

 

原因は完全に大問1の単語力にある。確か9問くらいしか合っておらず、自身のあったリスニングも崩壊的。対して作文はちょうど合格者平均を取れていた。

 

天真爛漫な小学生の頃は、ただに親にやれと言われたことをこなしていたが、

 

自我が出始め「舐める」という人生初の試みをしてしまった。この頃からすでに人生が崩れかかっているのが垣間見れる。

 

もう英検を受けるつもりは皆目ない。

 

1級は明治学院大学で受けた。おそらく初めて意識して大学というもの認識した。KA時代で知っていた友達にも会えた。

 

 

 

ここで僕はある人生経験をする。

 

試験中、まったくもって狙っていた訳ではないが、ふと前を見てみると、小・中学生であるっぽいその人の回答用紙が目に現象してしまったのだ。

 

そしてまるで神からの試練であるかのように、僕の書いていた回答とまるっきり違っていた。

 

戦慄が走った。人の答案を見るの、ましてカンニングだなんて、その概念すら知らない小2の時に悪気なくやってしまった以来である。

 

さあどうする。ここで世間的には言われてる「蛮行」に走るか、己を信じて突き進むか…

 

 

 

 

 

僕は後者を選んだ。テスト中の覚醒した合理的な脳は、目の前の問題以外の無駄な思考は現れてはすぐにかき消し、書き直すという選択肢はもとよりなかった。

 

 

開示を見てみると、例の箇所はほぼあっているではないか。カンニングだなんてリスクとリターンが投資以上に恐ろしいほど見合わない。

 

んなもんするかと心に誓った瞬間であった。(逆だったらどうしていたのやろうか…それはもう誰も知らない。)

 

 

ちなみにTOEFL ITPをついこの前学校で受けさせられたが、617点やった。

 

なんか模擬試験みたいのができる参考書で2回分やって両方630ほどだったが、617は英検準1〜1級レヴェルらしいから妥当かもしれない。

 

文法はパチンコ投入。

 

 

つーかリスニングが頭おかしいんっすよ、ほんと。

 

開成でもそうやったが、過去問と本番ではスピードが桁違い。聞き取れやすさの差がえっぐい。

 

頼むぜぇ、マジで。(お前がもっと勉強しろ)

 

 

 

 

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ということででして、以上が私の英語の軌跡でした。

 

次回はKAについて。次次回は、ぜひともオススメしたい本とか曲も紹介したい。