無事実習1日目を終え
一番苦手な理科の指導案を考えねばと
わなわなしているがたーでございます。

ど祭り、あっという間でしたね。
まさに光陰矢の如し。
未だにまだあの感動と興奮の余韻が残っています。
締めにいることができないので話す時間頂いたのにも関わらず、(しかもカンペ見てたのに)顔はぐしょぐしょ内容ぐだぐだになってしまってほんとすみませんでした。

最終演舞パレードを踊っている時、
脳内で再生されていたのは、
今までの辛かったこと、楽しかったこと、悔しかったこと、嬉しかったこと…そんな思い出の数々。

 特にも思い出されるのが登龍門が生まれるまでのプロセス。コンセプトだ、衣装だ、曲だ、いざ!振り作り!!と張り切ったのものの、1日考えても1エイトすら出てこない。思いついたと踊ってみてもだいたいダサいと言われボツ案に。(今見たら本当にダサいけど今や面白いネタです)メインやってもうまくみんなの士気をあげられなくて練習反省で毎回のように怒られへこむ毎日。

それでもたくさんの人の力を借りながらそして重なりながら、少しずつ演舞として形になっていく登龍門を見ることができて本当に楽しかったし、踊れば踊るほどにみんなの笑顔やいろんな表情が増えてくのを見るのが尋常じゃないくらい嬉しかった。だから顔上げる振りの時にわざとみんなの顔面の前に出てきて驚かせたり、練習遅れてでも行ったり。たとえ闇練で夜遅かろうが、覚えてくれるまで時間かかろうがその場から離れるに離れられなかったんですよね。正確には離れたくなかったと言った方が正しいです。振り班として関われた1年は間違いなく、今までの中で一番に輝いていた年だと胸張って言えます。


ここでとりあえず一区切り。
でもこの区切りは終わりじゃなくて、
次のステージへのリスタートを切る場所。
ざっくにとっても、そして自分自身にとっても。


題名にも書きましたが、
『last』これは普通は最後のとか、終わりのとか割と物事の終息地点で使われることの方が多いと思います。
だがしかしながら、もう少し辞書の下を見ると、もう一つ違った意味があります。

それが『続く』です。
登龍門は終わりなき成長の物語。
これから先、1人ひとりが紡ぐその物語は
死ぬまでずっと続いていきます。


確かに踊り納めました。

けど

消えてなくなるわけではない。
この作品を経て得られた何かが、
次のステージへと続いていくのだと思います。

担当さん、そしてのっち。色々迷惑かけてごめんね。
本当にありがとう!みんなのおかげで
最高の夏、最高の祭りになりました。

登龍門がこれからもずっとざっくみんなの
心に刻まれる、そんな素敵な作品でありますように。

登龍門に関わって下さった全ての人に感謝します。
本当に本当に、ありがとう!!

さて、明日からまた子どもとたわむれてきます!🏃≡