仙台を離れ、酒田に向かうバスの中。

卒業式で話したいこと、本当は山ほどあったのに、

そんな話誰が興味あんねんって気持ちと、なにも語らずに去る先輩の背中がかっこいいって価値観から、ぐっと飲み込んでしまいました。

だけど結局私はキショい先輩なので、今更ながらその時話したかったことを交えながらつらつらと書いてみました。

【警告⚠️】過去一(自分比)長くなりました。そんでもって別におもんないです。

読むならまじで暇な時にした方がいいです。


--------------------------------

この間、LINEの履歴全部消えちゃった。

それを言ったら、「思い出消えちゃったね」って悲しんでくれる人がいたんです。

私、え?って思いました。そこで思い出した、インターバルがトーク履歴消えたときも本人はすごく悲しがってたなと。

でも私、別になんとも思わなかったんですよねぇ。LINEを思い出だと思っていないから。

なんならアルバムの写真も、割となんでも消せちゃうタイプの人です。

実習でもらった子どもたちからのプレゼントとかも、引っ越しの時にポンポン捨てました。

そういうことを言い出したらキリないけど、小中高の友達、ほとんど覚えてません。まあ何人かはいまだに連絡くれるけど、なんで?って思ってます。

てかそもそも、なんでみんなが友達を作りたがるのかちょっとよく分からない。


意外でしょうか?そんなやつだと思っていなかったでしょうか?

それとも薄々気づいていましたか。

私本当に、人に興味ないんですよね。よく言えば執着しないタイプ。

どうせ友達関係なんて、その場限りのものだと思っているからです。

どうせ同じグループにいても自分だけ知らないことがあって、明日には違う子たちと一緒にいるでしょ。

なんか盛り上がってるなーと思ったら、どうせ誰かの悪口だったりするでしょ。

期待するだけ無駄なわけです。人を好きになるとか、秘密を共有するとか、そんな怖いこと私にできるわけがないのです。

「大好き!」なんてたくさん言ってきたけど、本当に思ったから言ったのかなって後から考えてしまったりして。

言われたから同じ言葉を返しただけなんじゃないかな、口に出せば本当になる気がしていただけなんじゃないかな、

この6年間ずーーっと、「チョモランマ」という人間を、どこか冷めた目で見ている自分がいた気がします。


だけどね

この間、父親死んじゃったんですよ。

倒れたと連絡があってからわずか10日、人間なんていつどうなるか分からんものね。

こういう場においては意外と感情よりも「すべき」で動いてきたもんですから、そのときも「親族に連絡しなきゃなぁ。セレモニー会場どこにしよう、明日の朝お寺と職場にも連絡しないと。…あれ、てことはこの春からお母さんと2人暮らしか?」なんて事務的かつ先のことばかりぐるぐる頭を巡っていて、

お風呂入るときもトイレ行くときも、泣いてるって勘違いされたら嫌だからずーっとミセスとか歌ってたし

ご飯作ってるときもクレヨンしんちゃんの映画観てがははと笑ってたし

火葬の時も、まだ小学生にもなってない甥っ子と一緒に、「ばいばーい!」って元気に手振ってたし

強がりとかじゃなくて、どの自分でいたらいいのか分からなくて、

実の親が死んでもなお周りからの見え方を気にしているあたり、まじで自分って心のない人間なんだろうなと思ってました。


だけどその後仙台に戻ってきた時にふと、練習に行こうと、思いました。というかそう思っているのに気づく前に準備して、市民向かってました。

練習に向かっている自分に気づいた南北線車内で、今みんなに会いたいんだと思いました。

今日もみんなと飲みに行きたいんだと思いました。

行った先の練習ではドドンパに彼氏ができたって報告を受けたし、

気づいたら、虹よさにも行けることになってました。

「卒業だから」じゃなくて、ただみんなとまた祭りに行きたいと思ってました。


「寂しい時は大事な人に会いたくなる」のが本当だとしたら

私はあの時も今も、吐き出し方が分からないだけでちゃんと寂しい悲しいと思えているし、

みんなのこと、ちゃんと大事だって思えてたんじゃないかなって思います

大好きも会いたいも、ちゃんと嘘じゃなかったんだと思います

虹よさの夜部屋にメゾピまたたびめらおけが乗り込んできた時は本当に愛おしいと思ったし、

思えばこの6年間で唯一腹を立てて言い返したのは、頑張ってるみんなやチームを馬鹿にされた時でしたからね。

------------------------------


普段はこんなめんどい話しないようにしているつもりだけど!

どうせもういなくなるし、どうせ金銀スーツの賭けはうぐいすが負けたので、もうどう思われてもいいやと思ってつらつらと書いてしまいました✏️

6年間、楽しかったです。楽しかったというか、自分の実になったなぁと俯瞰していると言った方が近いでしょうか。

こういう一面も知ってほしいとかじゃなくて、誰にでもそういうとこあるんだから、負けんなよ後輩たち!ってメッセージとして受け取ってもらえたらいいな。

先輩がどうこう言ったって、結局は自分が経験しないと本当の意味で「わかった」ことにならないのでね。

ただし、自分の気持ち置いておくのが癖にならないように!

笑い飛ばす前に、ちゃんと落ち込みたい時はいつだって電話待ってます🤙

笑い飛ばしたい時はいつだって飲みに飛んで行きます💨(ただし酒田からなので、3〜4時間待ってください)


じゃあさよなら!

私のことだから、どうせまたすぐ会いにきますよ。

意外とちょくちょくブログ更新されてるんだ

びっくり


私は卒業する先輩におてがみかーこおっ

って思ってブログに戻ってきてみました。


久々に見ると楽しいです

みちよさ前にこれが回されて

もう虹よさ終わっちゃった


たった数ヶ月前のブログだけど、当たり前にその時の状況とは変わってて、

色々考え方も、ザックの中の自分の立ち位置も変わって

時間って過ぎるのは早いけど、内容の濃い数ヶ月だったな



何となく

この人がブログ書いてくれたんだろうなぁって浮かびました【つながる】ってブログ


その人から同じ言葉を言われました

「『今やりたい』を大切にしてね」 って


その方の言葉はすごく重みがあって心に響くんです。


ここまでザックが続いてきたのは継承があったからだと感じています。

だから、先輩からアドバイスとかお話してもらったことは、自分のできる限り参考にしたいし、そういう姿勢の人がいっぱいいたから28代目という【今】があるんだなっても感じています。


でもそこに頼りすぎている部分は確実にあって


先輩達がこうしてたらしい

とか

去年はこうしたよね

とかとか


私の周りの動きは先輩たちがどのように進めてきたか

決めてしまっている部分が多い気がしちゃいます。これやる必要ある?とか、これ変えた方が良くない??って思うことも、でもまぁ、こうしたら間違いないんだろうねって思って結局同じように進めてしまうんですよね。


そんなことしてたら、【継承】という意味では正しいかもしれないけど、【進化】を届けられなくなっちゃうなとか思ったりします。個人的にはね。


だからこうして、言葉で伝えてくれたり文章で書いて伝えてくれる先輩がいてくれて嬉しいですとっても。

すごく心強い。

中心学年頑張れそうです。




虹よさの話ちょっとしようかなと思うんですが


楽しかったなぁほんとに

同期がこれまでの祭りで1番楽しかったかも

って言ってました。


これ、祭り終わる度毎回毎回聞いてます。

毎回楽しいの更新をしてるってことですね。いいことだ。


虹よさ、ほんとに楽しみだったけど、卒業生が最後のお祭りって考えるとほんとに来て欲しくなくて、寂しくて寂しくてしょうがない。


今は卒業式が来て欲しくない。

バイバイしたくないなぁって思ってます。


現地練で卒業生がポイント話してくれてたり、

打ち上げで、卒業おめでとう!って話してる時めちゃめちゃ楽しいけどめちゃめちゃ寂しくて耐えられないわぁってずっと思ってました。


抽選演舞はチョモランマとそぼろ兵長がMCやってくれたじゃないですか、


チョモランマの

私楽しかったよー!

って感じの言葉と


そぼろ兵長の

最後は笑顔で!

って感じの言葉


さすがに泣かせに来てましたよね。ギリギリセーフでした。

この人達はこの4年間、6年間ざっくにいてくれて、どんなときも来てくれたら盛り上げてくれて最後までかっこよくて熱くて、

こんな人になりたいなっておもいました。

寂し。



明るい話と言うか、私がこの虹よさで嬉しかった話しをすると


条幅とさぼんぼんが

慣れないながらもめちゃめちゃ頑張ってくれて、ほんとに楽しんでいるように見えたことです。


2人とも28のふわふわ代表なので

鼓舞とか声出しとか少し苦手かなって思って、

この虹よさまでの期間は特に頑張らせすぎる場所が沢山あったりとかしたと思うんですけど、

(鼓舞とか、黒田節の炭酸水イッキとかね)


それでも担当のふたりは食らいついて来てくれたり、しっかり引っ張ってくれたりほんとに頼もしかった。凄かった。

ふたりが担当で、28の始まりの祭りを引っ張ってくれてほんとに良かったと思ってます。

担当の話で沢山感謝を伝えてくれていたけど、

こっちが感謝沢山言いたいですねほんとに。

お疲れ様ありがとう。



あとは、

副代表の話なんですけど、

二次会終わりに相当酔ってる中

一緒に帰ってたメンバーにたっくさん

「〇〇してくれてありがとう」

って話してたんですよ。


何度も繰り返すから若干のだるさはあったんですけど、酔ってる中でこんなにありがとうとか感謝を伝えられる人っていいなぁって思ったのと、


多分酔ってたから覚えてないだろうけど、

「私、代副なって良かったわ」

ってボソッと言ってて


すっごく嬉しかったです

その役職を楽しめてることを知れて。


この人にに代副なってもらえて良かったなぁって、この数ヶ月で思わされすぎてる。


代表も副代表も頼もしすぎる

ずっとついて行きたいし、支えていきたいし、何かあった時はこっちが引っ張りあげたいね。

頑張ろうね。頑張ってるよ。偉いねぇ💮



っていう嬉しかった出来事でした。


また長いわ。私のブログ。

虹よさ楽しい!てか誰が書いてるの今まで!  


最高の虹よさにしようね!

担当お疲れ様🍵

なんとなく久しぶりに見にきたらひっそりとブログが続いていてびっくりです

 

運営期がひと段落して、少し時間が経った今、あらためていろいろなことを振り返っています。


正直に言うと、運営期で大変だったことの一つは「モチベーションの差」でした。
それぞれやりたいことや考えがあっても、サークルという集団の中では、どうしても全員が同じ熱量で動けるわけではありません。頭では分かっていても、実際に向き合うと難しい場面も多かったなと感じています。

今、僕たちは上級生という立場になりました。当時の自分たちの気持ちを思い返すと、「全部完璧に協力する」のは難しくても、できる範囲で支えてもらえるだけで本当に心強かったなと思います。だからこそ、これからは中心学年のやりたいことを尊重しつつ、無理のない形で精一杯サポートしていけたらいいなと思っています。

 

最近の議事録を見ていると、もしかしたら上級生の存在が、知らないうちに活動の幅を狭めてしまっているのでは、と感じることがあります。忙しい人への配慮はもちろん大切ですが、それ以上に「今やりたい」という中心学年の気持ちを優先してもいい場面もあるのかもしれません。
僕たちは後ろからブレーキをかける存在ではなく、そっと背中を押せる存在でありたいです。

できることは限られているかもしれませんが、精一杯協力します。
これからの活動が、より楽しく、実りあるものになることを願っています。

あけましておめでとうございます。


そういえば誰か書いてるかなと思いましたが、誰も書いていなかったため僭越ながら、ひっそりと執筆させていただきます。


2026年になりまして、新しい代表が決まりました。

寂しいような、わくわくするような。

THE!!駆波゛乱がこれまで継承してきたものをこうやって紡がれる瞬間を幾度も見てきました。




しかし、なにやら新しいことを始めたいと言う者がいると耳にしました。前例が無いものに手を出すのは不安です。誰もが最初は初心者といったところでしょうか。時には厳しい目で見させて頂きますが、私はただ頑張れと薄い影を伸ばしながら応援しています。




28代目。がんばれ。

おれたちも少しでも顔を出して支えていきたいですね。


僕は幸せとは何かをよく考えます。

色んな人の幸せとは何か?を皆さんは聞いてきたでしょう。でも、ピンとくる、これだ!っていうものはあまりなかったんじゃないかなぁと思います。

もう聞き飽きるほどこの話題については聞いてきましたよね。

僕は幸せとは何かをよく考えます。

でも結局いつも答えは出ません。

やっぱり、幸せに答えは無いんですね。今自分が本当に幸せかどうかは自分でも分からない。だからこそ、人生を通して、幸せを探す事に意味が出てくるのかなと思います。

僕の最近見つけた幸せの一例が1つあります。同期の皆と関わる事です。だから、過去の俺バカ野郎!もっと皆と関わっておけば良かった。皆と同じ熱量で中心学年を終えれなかった。どこか自分を客観視してしまっていた。そんな後悔は、取り戻せるものではないのです。


終わった事は仕方がない。過ぎた時間は戻らない。だから前を向こうなんて、無理な話。僕はこの後悔を一生引きずっていきます。今後も同じ事で悩んでいくのです。でも、幸せに1つ気づけた。後悔の裏返しは、深い想いですから。痛い目を見てからしか幸せに気づけない僕は、大馬鹿者でしょう。でも幸せに気づけた。


あ、幸せとは何か、僕なりの答えが出たかもしれないです。




実はみちYOSA時期にブログを書きそびれてました。忙しさに負けてしまい、ブログを書けなかったことが唯一の後悔です。


「欲張れ」と1年間の目標を立てた以上は、欲張って本当に任期が終了してしまう12月31日のこの日にブログを書きます。


「副代表」としての1年が始まった最初の代会議で私は、「1年間を通して何か1つ曲を聴き続けてください」と言いました。みんな覚えてるかな?私は1年間「オドループ」を聴き続けました。振り班がかけてくれる曲にもなってた時はさすがに驚きました。思考が似てるね^^。この曲って「踊ってない夜を知らない、踊ってない夜が気に入らない」って歌いますよね。ここ聞くだけで、夜の萩ホを思い出します。毎日のように通い続けて夜遅くまで補講練や闇練、色んな練習をした日々と重なります。曲といえば、「百鬼夜興」を聞くとみちYOSAが思い出されます。思い出だけじゃない、景色、皆の顔、募る思い、体温、雨の音。もうすでに様々なことが詰まりつつあるこの「百鬼夜興」が、この先の28代目でどう私の中で彩られていくのかがすごく楽しみで仕方ない思いです。



話は変わりますが、私は代副選に出た時、「青春」を掲げていました。「青春ってなんだ?」とたくさん質疑をもらった記憶があります。1年間やってみてわかった気がするんですよね。「言葉に言えない、言葉に詰まる思い出のあれこれ」だと思います。やっぱり1年間青春を問い続けても、一つに定めることは難しい!涙いたり、怒ったり、気まずくなったり、爆笑したり、悲しくなったり…!皆の見えないところで色んな感情になったりした時がたっくさんありました。パンクして泣いて帰った日もありました笑!そんなことも全部青春と呼びましょう☺️当時は精一杯でなーーーんにも気づかなかった毎日の価値を、ざっくの練習が無くなった今じわじわと感じてます。青春した1年間でした。


おい同期❗️聞いてくれえ❗️

私はまだまだ来年も同期のみんなと欲張る1年にしたい。みんなで28を支えてまだまだ青春したい!!代副としてみんなの前に立つことももちろん大好きだったけど、27代目という立場で前密して座って28代副の話を聞き、同期と共に歩んでいける日々もすごく楽しみなんだよね。ざっく以外もざっくも欲張って、みんなで定期的に飲みにでも行こう🍻



誰よりもざっくに費やし、充実した毎日を過ごさせてもらいました。ざっくで過ごしてる時間は本当に一瞬で。心地よくて!こんなにも自慢のサークル・メンバーで引っ張らせてもらえたこと、本当に感謝しています。これまで27代目についてきてくれて、本当にありがとうございました。


28代目中心学年、頑張ってね!


28代目 THE!!駆波゛乱も活気あふれる団体でありますように✨



めらおけ

みちよさお疲れさまでした!!

予定していた正規練がなくなってしまって非常に悲しいですが、仕方ありません、、、

次会える時はみんな笑顔だとうれしいです!

 

Youtube[🔗UC53j6CtaMr3BLDwRLjC0vVg]で見返すのが楽しいですが実際にみんなで踊れたら最高MAXだと思います!!!!!

 

ざっく最高❤️

じゃあまた

お疲れ様です。4回生のふくろうです。とんでもない時間になってるんですが書いていきます。


いきなりですが僕は「後悔」ということばが大っ嫌いです。というのも、後悔ってなんだか自分が過去にしたことが間違いだったっていうことを自分で認めちゃってる感じがするんです。それがすごく腹が立つんですよね。遠いところで僕たちを見ている神様的存在に「あいつなんか選択ミスってるわ笑」って感じで指を指されて笑われてる感じがするんです。それが本当に嫌なんです。だから僕は普段から後悔だけはしないように生きているんです。


そんな僕なんですけど、最近ちょっとだけ後悔してることがあるんですよね。そのきっかけが、合宿の密告です。合宿が終わった後、みんなどんな感じのこと書いてるんだろうなーって密告を見てみました。そこでびっくりしたんですけど、僕への密告が10個くらいありました。マジでびっくりしました。僕って今年になってから新歓除いて、練習も祭りもイベントも本当に何にも行ってない人です。当然、合宿にも行っていません。そんな僕について書いてくれる人がいた。内容とかそういうのは何にも関係ないです。ただ書いてくれてる人がいた。その事実が驚きだったし、めちゃくちゃ嬉しかったんです。その時にもう少しだけでもざっく行っとけばよかったなーって思いました。こんな素晴らしい人たちともう少し思い出を作っておけばよかったなと思いました。だから、僕はみちよさに踊り子として参加することにしました。


作れるはずの思い出は逃したけど、最後に一番大きな思い出を作れる時がこのみちよさでの演舞だと思います。もう今日になってしまったみちよさです。数時間後にはもう演舞は始まっているはずです。もう僕は後悔しません。全力で楽しんできます。全力で思い出を作ってきます。年に一度の最高の舞台、みんなも後悔だけはしないように全力で楽しんでいきましょう。


長い文になってしまいました。もう眠いのでしっちゃかめっちゃかな文になっているとは思いますが、今の僕の思いは書き切れたかなと思います。演舞ミスっても多分後悔はしないけどやっぱりちょっと恥ずかしいのでミスんないようにします。では、おやすみなさい。

27代目入口担当のたいがくんからバトンをいただきました!25代目入口担当こと,25代目のハンジ分隊長こと,4回生のsinxです!たいがくんは素晴らしい入口担当ですよね,頼もしい後輩です。

 

10月に入ってイベント等が立て込みまして,時間的,精神的な余裕がなく,適切な内容が書けるか不安ですが,代表もありのままに書いていたので,今まであまりしてこなかった話をしておこうかなと思います。ほぼみちよさ当日なのであまりみんな見ないでしょうね。

 

余談ですが,これを書くために2年前のブログを読んだらまあまあいいこと書いていたので,もし気になる方はお読みください(一部かなり伝わりづらい部分があるのでご容赦ください)。タイトルは「いっつも練習に来てくれてありがとう!!!」です。

 

さて,私が何について言及するかというと,踊りの話です。誰かが踊りについて語っていたり,各所で初心を思いだそう的なことが見受けられたからです。

(本当に長いので,時間がない方は下の方の🟥まで飛んでください。)

 

 

初心を思い出した時に一番に出てくるのは「踊りを頑張ろう」という気持ちです。ざっくの新歓にきて天耀翔の演舞を見て,今までろくに運動してこなかった私は,こんなふうに踊りで緩急をつけられるようになりたいと思うようになりました。それがざっくに入ろうと思った一つのきっかけです。

 

そういうモチベーションのもと,ざっくに入ってからはカムバック練まで,全ての練習,補講練,闇練に参加しました。しかし,カムバック練だけはどうしても帰省とかぶって最後の方しか参加できませんでした。帰省から帰ってくると,同期のKMDWRとIWMGNZNがとてつもなく踊り上手になっておりまして,当時の上級生の先輩からもすごく褒めてもらってて,その辺の先輩たちが作る色々な隊列では,いつも中心的な位置で踊ってて,非常に羨ましかったです。

 

「自他ともに認められ,自信をもって胸を張って最前列で踊れるような存在になりたい」

 

一年生で入ってからみちよさまでそういう気持ちが本当に強かったように思えます。引き続き,練習にはいき続けました。そして迎えた,24代目のみちよさの最終演舞。コロナの影響もあり,参加するざっく全体の約半数でしか踊れませんでしたが,みちよさ唯一の最前列が最終演舞でした。コロナ明けのみちよさということもあって,たくさんの歴代代副および振り班の話を聞いて,気持ちが出来上がり,今でも忘れられない景色を目に焼き付けました。隊列を組んでくれた24振り班には,感謝してもしきれないです。本当にありがとうございました。

 

すごく思いが昂っていい演舞ではあったのですが,「自他ともに認められ,自信をもって胸を張って最前列で踊れるような存在になりたい」という気持ちはそこで満たされることはありませんでした。そこで,振り班になることを決意し,25振り班として,かつて羨ましいと思ったKMDWRやIWMGNZNとともに活動していくことになりました。

 

そんなこんなで振り班になったわけですけども,振り班になった直後は,踊りを頑張りたいと強く思っていたからこそ,自分のできていないところ,そして同期のできている部分がたくさん見えてきました。だいぶ萎えました。それでも,同時に見えてきたのは,同期のできていない部分でした。ずっと完璧だと思っていた人も振り班の先輩方から見ると,まだまだいわゆる「振り班の踊り」ではないらしく,色々指摘される姿を見て,みんなもまだ成長途中なんだと実感させられました。あまりいいモチベーションの保ち方ではないけど,自分が心折れずにできたのは,振り班それぞれの弱点を理解し,勝手に孤独ではなくなっていたからなのかなと思います。

 

そうこうしているうちに事件が起きます。HRYMの覚醒です。春くらいから,力みすぎと言われていた踊りから,力が抜け始め,自分の踊りを確立していきました。彼は一番の努力家です。今の彼にも通ずる踊りをこの頃からしていて,本当に驚くと同時に身が引き締まる思いでした。ちょうどその時,私もそろそろ自分の踊りを確立しなければならないと思い,動き出しました。知らない歴代振り班の動画を見まくって,鏡の前でどういう力を加えればどういうふうに見えるのか,徹底的に研究しました。その結果,今のざっくではあまりいなくなってしまいましたが,とにかく動き続ける,ぬるぬるした踊りが少しずつ確立に向かっていくわけです。

 

それが身を結んだのか,中心学年が始まって最初のお祭りから,割と自分の中では目標を達成した踊りをすることができ,祭りにでるたびoptimizeしていくことで局所的な苦手などを克服していき,今に至ります。

 

 

🟥長々と自叙伝を書いてしまい,気まずいですが,ここから,以上の内容をある程度踏まえて,踊りに関して,皆さんに伝えたい内容を書こうと思います。


①踊りが上手いとか上手くないとかそういう話,ナンセンスだと僕は思います。みんなに得意不得意がある。実際全部が最初から完璧にできる人間なんていない(できてることの割合が大きい人はいます)ので,自分よりもできてると思うなら吸収して自分のものにしちゃいましょう。そのためには少し頑張ることも必要になってくるかもしれませんが。また,踊りの方向性が違うとかもあります。例えば,HRYMと僕では踊りの時に大事にしていることが全然違います。なので,上手い,上手くないという比較には意味がないと思います。結局何が言いたいかというと,あまり自分のことをマイナスに思わないで,できることや自信を積み重ねていって欲しいということです。そもそも,「踊れない」か,「踊れる」かという観点で見れば,皆さんが「踊れる」という集合に含まれているだけですごいことですよ。胸をはりましょう。

 

②踊りが上手くなりたいと思っている人,頑張ってください。挫けそうになっても,羨ましく思っても,踊り続けてください。そして,それ以外に自分なりのアプローチを見つけましょう。先輩に聞きまくるとかでもなんでもいい。ただ踊るだけじゃない何か新しい軸でも頑張ることで,他の人とは違う,自分の踊りでしか見られない景色があると思います。

 

③⚠️大前提,演舞は踊りだけではないということです。これまで散々語っておいてなんだと思うかもしれません。実際,踊りにプライドがある方は,それが優先順位1番でもいいと思います。でも,演舞は声とか笑顔とか曲とか衣装とかも含め本当に色々な要素の集合体です。この中で,ひょっとしたら踊りというのはお客さんに最も伝わりにくいfactorなのかもしれません。実際,僕が帰省している時に近所でやっていたよさこいの演舞を見たら,踊りよりもその声と笑顔に圧倒されました。だから,踊りどうこうもそうだけど,まず声,笑顔など楽しそうな態度でお客さんを圧倒していくべきだと思うし,僕はこれをやります。ざっくのみんなも実はこれ,できます。これはざっくで強みとしているものでもあり,この強みを最大限活かすことは合理的なんですよ。

 

本当に長くなってしまいました。まだまだこれでも語りきれません。これも踊りの話をして恐縮ですが,みちよさでは,みんなとたくさん話してその想いに触れるということも大事にしていきたいです。たくさんお話ししましょう。

 

過去一のみちよさに向けての決意