姪のインタビューが終わり、カメラを止めた。姪と妻が、Sの奥さんと一緒にキッチンに入ると、リビングでSと二人になった。

 やや気まずい。Sの存在は中学の時に知ったが、二人きりで向き合うのは今日が初めてである。だが今日出会った瞬間からSは古い友人との再会のようなテンションである。

 

 Sから切り出した。今日はありがとう、2つお礼があるという。

 「一つは、姪御さんを連れてきてくれたことだ。市長時代の中学生・高校生がその後どんな人生を送っているかはいつも気になっていた。みんなそれぞれの人生を送っていると思うが、あの町から京都大学に進んで、さらに海外で学んでいる後輩がいるというのはとてもうれしい。なによりインタビューが素晴らしかった。町はなくなってしまったが人は育っている。人が育っているということは町はなくなっていないということだと思う。そういう確信を得た」

 

 「もう一つはお前への感謝だ。俺が市長だった時、市政刷新ネットワークの議員の質問を書いていたのは、お前だろ」

 Sは満面の笑みを浮かべながら上機嫌で続ける。

 

 「市長になって市役所職員に原稿を書かせるのを辞めさせた。その直後の議会はひどいもんだった。だが、市政刷新ネットワークが発足してからある意味でまともになった。ゴーストライターがいるんだなとピンときた。そのうちな、質問の意図が何となくわかるようになってきた。テーマについて市長という立場から選択しないといけないことがあるだろ。市政刷新ネットワークの質問はその真逆を正確についてくるんだ。Y女史との裁判の件でも、論点を判決内容ではなく専決処分の可否にずらしてくる。質問内容には論理的に破綻している箇所がきちんとあって、執行部に反論ポイントをパスしてくれる」

 「こんな原稿を書けるゴーストライターは誰だと思った。このゴーストライターはこの町の課題、市長の考え、あるべき解決策というものをきちんと理解していて、その上で市政刷新ネットワークの議員に『この町の過去の価値観』に基づいた主張をさせている。ということはこの町の人間であることは間違いない。だが、この町にこんな芸当ができる奴はいないはずだ。誰だと思った」

 

 「中学時代な、俺よりも頭が良い奴がいた。生徒会長の立候補演説や挨拶はそいつが書いているという噂だった。そいつは県内トップの進学校に進んだ。その後早稲田に行ったが、今はこの町に戻ってきている。市のPR映像はすべてそいつが作ったものだ。こいつだなと思った。だが、そいつと市政刷新ネットワークとのつながりはよくわからない」

 「でも、市民劇団の本番を見たり、教育長から中高の探究学習支援で活躍してくれているという話を聞いて、探究学習のパワーポイントを見せてもらってこいつしかいないと確信した。以降、議会答弁がとても楽しくなった」

 

 「議会を生配信している自治体は多いが、うちの町がバズったのはお前の質問原稿があったからだと思っている。そうじゃないと、あれほど問題点を可視化することはできなかったし、話題にもエンタメにもならなかった。感謝している」

 返す言葉がない。

 

 「一応確認させてくれ、感謝しているんだ。あのゴーストライターがいなければ、あの町はあれほど話題にならなかったはずだ。お前だよな」

 うなずくしかなかった。

 

「ありがとう。ただ、この件は俺も口外しないから安心してくれ。あとな、もし俺が日本に戻って何かする時は相談させてくれ。力を貸して欲しい。俺が一番信頼できるマスコミはあのドキュメンタリーを作ったチームなんだ」

 

 キッチンからいい匂いと一緒に食事が運ばれてきた。