前回のつづき…

 

 利権と慣例、排除と独占に満ちた議会の現状を知れば、若者はその町を離れる。

 そして、政治に絶望と無関心とを感じる。

 だが、それはある意味で、利権と慣例とに固執する古参議員の思う壺である。

 このことについて、Aさんは続ける。

 

 Sさんは、市長を辞めて都知事選に出馬した。

 Sさんのことだから、それなりに戦略も勝算もあると判断してのことだと思う。

 だが、そういうことよりも、Sさんは自分を使ってある実験を試みたのだと思う。それは、「民主主義の実現×市民の政治参加」を日本で本格的に行うというものだ。

 

 都知事選出馬にあたり、Sさんに地盤・看板・カバンはない。

 したがって、オールドメディア的には、「当選の可能性がある対立候補」ではない。

 当選の可能性がある対立候補は、参議院から出馬したRさんだ。

 だが、SさんはRさんよりも話題になり、最終的に得票数2位になった。このことはもっと評価されてよい。

 

 Sさんが自分を実験台としたのはこういうことだと思う。

 「国を良くしたい、政治に疑問を感じるというならば、自分が政治家になればよい」ということだ。

 ただ、政治家になる、自分が選挙に立候補するとなるとそれは難しい。

 ではどうすればよいか。

 

 「自分と同じ課題意識を持っている政治家・立候補者を経済的に支援すればよい」。  

 そうすれば、その政治家・立候補者が自分に変わって国を良くしてくれる。

 でも、経済的支援が難しいならどうすればよいか。

 

 「選挙に行って、その人に一票入れればよい」。

 

 つまり、「自分が政治家になる。無理なら、自分と同じ課題意識を持った政治家を経済的に支援する。無理なら、選挙期間中だけでもボランティアで支える。無理なら、一票を投じる」ということだ。

 

 都知事選に出馬したSさんは、「僕は都知事となって日本を良くする。もしよかったら選挙資金の寄付をお願いしたい。あるいは、ボランティアで選挙戦を支えて欲しい。そしてみなさん、自分がこの人と思う人に投票しましょう」と呼びかけた。

 これは、市民が政治参加する・政治家になるための基本だ。やや、アメリカ的だがな。でも、地盤・看板・かばんを持たない普通の市民が、民主的なルートで政治参加するための方法であり、これからの日本に定着すべき発想だな。

 

 つまり、Sさんは、都知事×政治家になるだけが立候補の目的ではなかったんだ。

 市民一人ひとりが課題意識を持ち、その解決を託せる政治家を探し、支えること、一票を投じすることを訴え、その意識を市民に広げようとしたんだ。

 「当選を目的としない」とは、そういうことだと思う。

 

 目的は、「広く市民の政治参加を促すこと」だ。それは、立候補者の粗さがしすることでも、批判のための批判をすることでもない。

 自らの問題意識を言語化し、主体的に自分が指示できる政治家・立候補者を探すことだ。そこから市民の政治参加が始まる。

 

 Sさんが都議選で実現したかったことは、自分が都知事になることももちろんだが、都知事選を通じて、「市民が政治に参加するとは難しいことではないんだ」ということを知って欲しい、そういうことだと思うんだ。

 そして、市民の政治参加が進めば、従来型の政治家(いわゆる陣笠や政治屋)は自然と淘汰される、その時、日本がその底力を発揮すると、そういうことだと思う。

                         つづく…