(前回からの続き)

 

 山川さんは話し続ける。ただ、少し記憶違いのところもあるようだ。Sが市長選に出馬した際に印刷したポスターとビラの代金が請求されたのは選挙後ではないだろう。だが、それを咎めたり確認するよりも、まず話を進めてもらった方がよいだろう。

 

 「上乗せした分の印刷代金を払わない、Sが納得できないと言い出すのは想定外だった。上乗せしたと言ってもせいぜい70万だか80万円くらいなんだ。普通なら払っておしまいだ。だがな、Sは選挙ポスターは公費の範囲内であることを印刷会社も知っているはずとだ言う。Sの言うことは正しい。あの会社はそういう会社だからな」

 「この段階で印刷会社が連絡してきた。Wさんにとっては不本意だったかもしれないけど、市長になった人とあまりトラブルは起こしたくない。社員には市長の親族もいる。会社としては上乗せ分の請求を取り下げたい。また、お詫びとして上乗せに近い金額をW議員に献金したいと言うんだ。俺はこれで手打ちでいいのではないかと思った。だがな、XさんとW議員が納得しないんだ」

 

 「あとの顛末は知ってのとおりだ。印刷会社がSを訴えた。ただ訴訟費用は全額Xさんが負担した。70万だか80万だかの金額で訴訟を起こしても弁護士費用の方がかかるだろ。俺も顧客との支払いトラブルは散々経験した。でもな、裁判費用の方がかかるならお金は諦めた方が早い。その代わり別な形で授業料を払ってもらうけどな」

 「話が逸れたな。…だからあの裁判の原告は実質的にXさんなんだ。Sに裁判をしかけるにあたってはW議員が関係する国会議員・県会議員すべてに根回しした。みんな賛成だった。銀行員あがりの若僧を懲らしめてやれという感じだったんだ。こういう洗礼を浴びせることが必要だという人もいた。お得意先からそう言われれば印刷会社も従うしかないだろう」

 

 「議員を辞めてわかったことがある。Sのことだ。Sは普通の青年で常識人なんだ。これがSのプライベートだったらSは支払ったと思うんだ。あるいは印刷会社が『すいません、こちらにも不備がありました』と言えば、Sも『いえいえ、こちらも確認が不十分で申し訳ない』と返すはずなんだ。こっちが一歩引けばSも一歩引く。Sは普通で常識人だというのは、そういうところなんだ。S個人は日本人的な感覚を持っていて、日本人的な解決ができる人間なんだ。でもな、それを不払いだ、裁判だと言って騒いだのは市政刷新ネットワークなんだ」

 

 「あとなこれは選挙にかかわることだ。だからSは一歩も引かなかった。訴えられても、負けても一歩も引かなかった。今になってわかる。Sは市長という立場から『政治の世界・選挙の仕組みにはこんなおかしいことがありますよ』って国民に問題提起してたんだ。あの頃の俺にはそれがわからなかった。非常識なのは俺たちなのにな。…そんなことが国語力のない俺たちにはわからなかったんだ」

 

 「俺たちはS市長に対して攻撃ばかりした。そしてこっちが一歩踏み込むと、Sも一歩踏み込んで来る。その連続だ。議会も裁判も、すべて仕掛けたのは市政刷新ネットワークなんだ。でもな、世間はSが議会に先制攻撃している、市長が議員をまとめるべきだ、議会が正しい、議員が被害者だと言い出した。そう言われて本当に勘違いしてしまった議員もいるし、逆に常に被害者でいるようなポーズを取り続けるしかなくなってしまった議員もいる。誰かはわかるだろ」

 

                               つづく…