上京しても、月1回は地元を往復する。

 数日滞在して、劇団指導、探究学習で中学・高校を回る。

 

 Sが市長だった期間は、新型コロナの感染拡大期でもあった。

 修学旅行はもとより、文化祭や体育祭も中止になった。あるいは規模を縮小しての実施となった。

 Sが高校の生徒会長に100万円渡して好きに使いなさいと言った背景には、このこともあったのではないか。中学3年間をリモート・学校行事なしで過ごしてきたのだ。それを高校で取り戻して欲しいという気持ちは俺にもある。

 

 さて、市内には3つ高校がある。普通高校、商業高校、農業高校である。

 最近市内の高校でも大学進学を希望する生徒さんが増えた。

 そのココロは、市内の高校に入ってから大学で学びたいという希望を持つ生徒の出現である。これには、県庁所在地の高校に進んだ同級生からの影響もあるようだ。

 

 商業高校の生徒さんの場合、県内私大の経営学部を「国語・英語・簿記」で受験(一般入試)していた。これはかなり高い確率で合格する。

 生徒さんの実家が農家の場合「農業後継者推薦枠」を活用する。受験科目は「書類・面接・小論文」である。この枠を使って宮沢賢治のふるさとの国立大学農学部や東京の農業大学に進む。

 今は、探究学習が浸透してきていることで「総合型選抜」を活用できる。総合型選抜の枠で県外の有名大学・難関大学に進む者が出てきた。地元国立大学への合格者も出た。

 

 地元の高校に進み、高校入学後に大学進学を希望する生徒さんに共通することがある。それは、大学卒業後はこの町に必ず戻って来て、町の課題解決に取り組みたいという強い意志である。

 志望理由書には地元への愛と危機感とを記してくる。そしてこの町の公務員、教員、看護師などになって人々の暮らしをより良くしたいと結ぶ。

 そのために必要なこと、考えていることは…と聞くと、たとえばこのような返事が返ってくる。

 

 「私は、看護師と助産師の資格が取れる大学に行きたい。高等看護学校ではなく、大学の医学部看護科で医学について深く学びたい。大学を卒業したら都会の病院に勤務して最新の知識と高度な技術を身に付けたい。最低でも10年は都会の病院に勤務するつもりだ。地元に戻ってくるのはそれからだ」

 「今この町で働いている医療関係者への批判ではないが、県内の高等看護学校で学び、この町で看護師になると知識や技術の面で遅れをとってしまう可能性がある。それは市民のためにならない。特にこの町で訪問看護をする場合、医師と同等の知識や役割が求められる場面がある。そういう場面に対応するためには県外の大学で学び、都会の病院での勤務経験が必要なのだ」

 

 地元の高校生たちは、県外で学び、県外で社会人経験をしてから地元に戻りたいという。一人前になったら戻ってくる。その頃は30歳を越えているかもしれない。でも、そうでないと町への貢献はできないという言う。

 

 そういう人生のデザインをどこで学んだのと聞くと、俺からだと言う。

 本当はSでしょと言うと、笑顔で首を縦に振る。

 

 このことも、この町の検証ドキュメンタリーで取り上げた。

 放送をSが見てくれればと思う。お前の蒔いた種は育っていると伝えたい。