日帰りで地元に戻って不在投票をした。東京への帰途は車である。
この後、俺は某劇団の地方公演についていくことになっていた。そのための足の確保である。
車には、精米したての自家製米と汲んだばかりの湧水が積んである。
明日、これをおにぎりにして妻の職場に差し入れる。
塩・梅・焼き味噌の3種類。梅と味噌は母が育てたものである。
我が家の自慢の米は大好評であったそうだ。
そして、これはどこのお米という問いから始まる会話は、話題の都知事候補の町から来た同僚の存在に向かう。「Sさんって本当のところはどうなの」と聞かれれば、妻は報道では知ることのできない詳しいストーリーの説明ができる。そして「ご主人がSと中学の同期」となると、ちょっとした騒ぎになったそうだ。
リーガル担当の社員が、その場で市政刷新ネットワークのブログに画像として貼り付けてある恫喝裁判の判決文を読み、実質S市長の勝ちという見解をその場で伝えてくれたそうだ。
「名誉棄損については、市長という公人がネットに書いたことが不用意だったという判断だろう。だが、それ以外の原告の主張はすべて棄却されている。恫喝発言をしていないという主張も認めていない。賠償金も認めない。裁判費用の9割は原告が負担する。これは結構珍しい事例かもね」
俺は俺で、ネット上で都議選に関する小さな記事を見つけた。
記事のタイトルは「ニューヨーク左遷というパワーワード」である。
都知事には国政から距離を置いている候補者がふさわしいという主旨の記事だった。ざっとこんな内容だ。
その候補者は市長時代、一部の市議会議員から嫌がらせとでも言うべき行為を受けていた。議会で提案を否決する、怪文書と言えるペーパーを市民に配布するなどである。また、ネット上にはこうした市議会議員に同調する動画作成者もいる。
彼らはその候補者が市長としてふさわしくないと主張する。候補者が市長になる前に所属していた金融機関で「ニューヨークに左遷された人物であるから」というのがその根拠だ。私は元銀行員だが、本店企画部に所属する社員をニューヨークに左遷するという人事は聞いたことがない。念のため、その候補者が勤務していた金融機関につとめる友人に聞いてみた。友人は、その候補者との面識はない。しかし「ニューヨークに左遷された」という噂がネット上にあることは知っていると答えた。続けて、社員の多くが「ニューヨークに左遷」という主張を知っており、爆笑しているとのことだった。気心通じた社員同士の会話では「お前これ失敗したらニューヨークに左遷だぞ」と言い合っているそうだ。
今回の都知事選は日本の未来を左右する可能性を秘めている。その候補者の中に「ニューヨークに左遷された人間」がいるらしい。残念なことだが、このようなパワーワードを生む社会と人間とが日本の未来を奪ってきたのは言うまでもない。
ところで、私は今回の都知事選、「ニューヨークに左遷された」という悲しい過去を持つ候補者に日本の未来を託したいと考えている。そして「ニューヨーク左遷」というパワーワードによってその候補者を手放した町の人々が猛省する結果になることを願っている。