俺が山川さんに東京に引っ越すことを告げたのは4月。

 Sが東京都議会選挙に出馬表明をしたのは5月。

 

 市政刷新ネットワーク事務局としての勤務は5月まで、給料は6月までとなった。6月なので一応ボーナスも付く。

 というわけで、5月末に市政刷新ネットワーク祝勝会と俺の送別会を開くからというありがたいお話をいただいた。だが、俺はそれをやんわりとお断りした。妻の仕事の都合で引っ越しを5月中に済ませることと、東京でのスケジュールがあるという建前である。本音は俺自身が市政刷新ネットワークに関わることがもう無理だからである。そもそも、市政刷新ネットワークの人たちもデリカシーがない。俺とSとは、一応中学の同期で、この町のために東京から戻ってきた人間同士である。そういう俺を「Sをこの町から追放することに成功した!」という宴会に招待するという神経が理解できない。

 

 5月~6月は、劇団の指導や引き継ぎもあって東京と地元を往復することも多い。 

 その間、山川さんから頻繁に電話がかかってくる。6月議会の質問原稿は、質問する議員が書いている。それを添削して欲しいらしい。しかも原稿をFAXで送るので電話番号を教えろという。

 知らん。そもそも我が家にFAXはない。ただ、5月中なら一応対応しないといけない。議員が書いた手書き原稿を実家に届けてもらった。実家には俺のスキャナがある。義兄に頼んでPDF化しメールで送ってもらった。それをワード変換する。

 面倒だ。

 

 山川さんがもう一つ困っていたのは、市長選に出馬する元郵便局長さんのことである。昨年の出馬表明時の原稿は俺が書いた。間もなく正式に立候補となるが、その際の出馬表明挨拶や政策説明、対話集会の原稿などを俺に書いて欲しいという。

 俺は、元郵便局長さんとの面識がない。どんな人か直接知らない。

 もし、ゴーストライトするなら会って本人がどんな考えを持っているかを取材しないといけない。だが、もう市政刷新ネットワークとの関りを増やしたくない。

 山川さんに、6月議会の原稿の添削は6月になってもやってよい。その代わり、元郵便局長のゴーストライトは東京での仕事もあるのでと伝えた。

 

 ちなみに、父に元郵便局長さんはどんな人?と聞くと、う~んと唸った。

 とても良い人だ。だがそこまでだ。小学校のPTA会長をしているが、それは誰もやろうとする人がいなくて、その時自分がやりますと立候補したんだ。何かを成し遂げようと積極的に立候補したのではない。みんなが困っているなら自分がやりますという流れだ。

 おそらく市長選に出るのも、みんなが困っているから、他に候補がいないからという流れの延長線だと思う。要するに市政刷新ネットワークの誰かに頼まれて断れなかったのさ。もちろん、市政刷新ネットワークもそういう人だとわかって頼んだはずだ。お金のことも、議会のことも、全部面倒を見るから大丈夫だ、君しか頼める人がいないんだと言って説得したはずだ。市政刷新ネットワークが得意とする手口だ。俺が市議選に出た時もそうだった。そう言われて、元郵便局長は人柄的に断れなかったんだろう。

 

 となると、俺というゴーストライターがいなくなった時、元郵便局長さんはどうするんだろう…。

 のちの話になるが、ネット上のメディアが市長選立候補者の討論会を開催した。しかし、元郵便局長さんはその討論会を辞退した。

 

 6月になっても山川さんから電話は頻繁にかかってくる。着信履歴は山川さんばかりとなった。相談内容は元郵便局長の挨拶・政策のこと。丁寧に対応しつつ適当にあしらっておいた。