俺がこの町に戻ってきたきっかけは、その頃市民会館が新築されたことだ。

 そこで中高生を中心とした市民劇団を立ち上げたいという話があり、その指導や市民会館そのものの運営まで含めた仕事を担当することになった。

 

 中学生から、「市の美術館が閉鎖になるのに、市民劇団は解散しないのは不公平ではないですか。文化より優先するものがあるというなら、文化的な事業はすべて廃止・解散すべきではないですか」という質問があった。

 次のクラスでは同じような質問はなかったので、最後に俺はこんな話をした。

 

 「僕は東京で売れない役者をしていました。劇団に所属していましたが、その劇団から給料を貰うわけではありません。劇団の練習場の維持費や、公演をするための費用は劇団員が負担していました。では劇団員はどうやって生活するかというと、アルバイトで生活費を稼いでいました。」

 「トップの役者さんになると、テレビや映画、他の劇団の公演に出て稼いできます。でもトップの役者さんでも、劇団員の一人ですから、練習場の維持費や公園のための経費は僕たちと同じように払っていました。」

 

 「劇団の収入は、大きく2つです。ひとつは公演をする時のチケット収入。もう一つはスポンサー収入です。チケット収入と言っても、劇団員ひとり一人が知り合いに手売りするのです。あと、お芝居好きな人が集まりやすいカフェとか居酒屋とかにポスターを張ったり、仲間のいる劇団の公演でチラシを配るとか、そういう地味な工夫をしました。スポンサー収入と言っても大きな企業のものではありません。劇団員がよく行く居酒屋さんとかにお願いして3,000円とか寄付をいただくのです」

 

 「公演をしてもお客さんが5人とか10人という時もあります。その時、見に来てくれない客が悪いとか、そもそも国が芸術に理解がないとか、そういうふうに考える人もいます。でも、僕たちは自分に原因はないか…と考えるようにしていました。芝居の質がよくないのかとか、もっと知ってもらう工夫があってのではないか…ということです。不思議なことに、そういう工夫ができたり、自分たちでも良い芝居だと思える時は、お客さんがたくさん入るのです」

 

 「市民会館の職員になって、利用者が5人とか10人になってはいけないと思いました。売れない市民会館にしてはいけないと思いました。そう思って中学・高校美術部の作品や、同好会サークルの書道・生け花などの展示をしました。中学・高校の合唱コンクールや、市民団体などにも声をかけました。市民会館は文化に関することなら何でもできるますよ、ですから使ってくださいという営業です」

  

 「みんなに伝えたいことが何かわかりますか。誰かのせいにしても利用者は増えないし、お客さんは来ないのです。だから市民会館はいい企画、市民劇団は良い芝居をすることで、たくさんの人に来てもらって、稼いで、経済的に自立する努力をしています。閉鎖になった美術館は、年間2,000万円の赤字だったそうです。市民会館も初年度は同じくらいの赤字でしたが、今は年間880万円まで赤字を減らしています。市民劇団はおかげ様で黒字経営です。市からの補助は貰っていません」

 

 「もし、市民会館も市民劇団も美術館と同じようになくすべきだと言うならば、まずこの事実を知ってください。その上で不公平だ、解散だというのが市民の意見ならば僕は受け容れます。そして東京に戻ります。僕は努力の価値を認めてくれる場所で暮らしたいです」