(前回からの続き)
僕がこの町を出たのは高校進学からです。ですから15歳で県庁所在地に出て、18歳で東京の大学に進みました。
東京で暮らすようになると、ふるさとの町のことがとても心配になりました。
人口は減っているのに、公民館やプール、市民会館や道の駅ができる。これはおかしいと思いました。そして、僕は31歳の時、この町に戻ってきました。仕事はみんなも知っているとおり市民会館の運営や劇団の指導です。
心配はあたりました。市民会館の舞台・照明・音響設備はとても立派なもので、東京都内のホールでもこれだけの機器を備えている会場はありません。明日、東京のプロ劇団やオーケストラが公演をしたい、アイドルがライブをしたいと言えば十分対応できるものです。でも、それを操作できる人がいないのです。
また、市民会館だけでなく、公民館もプールも使ってくれる人が少ないです。決まった人が決まった時間に来るだけで、あとは遊んでいます。会館やホールは電気代やスタッフの人件費などたくさんの維持費がかかります。普通は「使用料」で維持費を賄うのですが、使用料では全然足りません。
もっと恐ろしいことは、市民会館の赤字は市の予算で補填されているのです。
だから、使ってくれなくても大丈夫と考えている人が多いのです。
今、市内の学校の合唱コンクールや芸術鑑賞教室は、市民会館で実施してもらっています。バンドのライブや部活動の発表も市民会館でやってもらっています。これには二つ意味があります。
一つは、市民会館の照明や音響は「本物」です。国内にある有名なホールと変わらない響きを持っています。そういう「本物の響き」を体験してほしいのです。
もう一つは、使ってもらうことで使用料収入を増やし、少しでも赤字額を減らすことです。それは市の財政改善につながります。市の財政がよくなれば、みんなの暮らしも少し良くなるはずです。
さて、ここまでお話ししてみんな気が付きましたか。
僕やS市長は都会で暮らして、そこで「一流の人」と出会いました。「本物ってすごいな」と思いました。だから、ずっと東京にいたいと思いました。
でも、僕もS市長も、東京からこの町に戻ってきました。なぜだと思いますか。
そうです、この町にも「本物」があるのです。
たとえば、この町で作られるお米や野菜は、本物です。
東京でお世話になった人に、うちで作ったコメを送ったことがあるのです。農家の人はわかると思いますが、農協に卸す分とは別に、自分たちが食べる用のお米を昔ながらの農法で作っています。都会風に言えば無農薬・有機農法ですね。
これが絶賛されました。もう普通のお米は食べれない、定期的に購入したいと言われました。それがヒントでした。東京で僕が関係する劇団のパンフレットに広告を載せてもらって、休憩時間におにぎりを配ったのです。申し込みが殺到しました。
これは今、我が家の新しいビジネスになっています。
少し前から、定期的に購入してくれるご家族をこの町に招待して、田植えや収穫体験もしてもらっています。その時、この町の野菜や卵、ゆずなんかもどっさり購入して東京に戻っていきます。この町の米や野菜を食べてくれた人のリピート率は90%以上です。なぜかわかりますか?
この町の自然、水、大地が本物だからです。そして米や野菜を育てる農家の人々は一流の百姓だからです。この町にも、一流の人と本物があるのです。
私たちは、町が寂れていく、人が減っていくのを黙って見守ることしかできないのでしょうか。
違います。この町にはチャンスがあります。一流の人と本物があるんです。
つづく