前々市長の時代から課題であったA町の保育所の移転が、S市長によって具体化されつつある。それまで議案として提出されても市政刷新ネットワークはのらりくらりと否定してきた。

 この時点での否定理由は「S市長への反感」である。S市長が提案したことにはすべて否定することが市政刷新ネットワークの「教義」である。

 しかし、「A町保育園を田んぼアート事業跡地へ移転する」となって、市政刷新ネットワークの顔色が変わった。事業見直しによって中止となった「田んぼアート事業」は、市政刷新ネットワーク代表のXさんの願望から始まったことだったからである。A町保育園が田んぼアート事業跡地へに移転すれば田んぼアート事業の再開は不可能になる。XさんはS市長への強い憎悪を抱いているが、もしこの案が議会で承認された場合、その怒りが市政刷新ネットワーク所属に議員にも及ぶことは想像に難くない。市政刷新ネットワークのボスはW議員と山川さんであると俺は思っていた。だが、この2人も畏れるのがXさんである。Xさんこそがラスボス…ということのようである。

 (のちに話になるが…Xさん以外にもこの町にはボスがいる。それを知ったのはこの後のことだ。この件は機会があれば…)

 

 山川さんに呼ばれて議会の質問原稿を書くことになった。

 珍しいことに山川さんは弱気だった。反論する材料がないというのだ。

 もちろん、議決になれば市政刷新ネットワーク所属議員で過半数は取れる。廃案にできる。しかし、質問で市長に勝てないまま過半数で廃案にするのはそろそろな…、という。

 なるほどと俺は思った。議会の様子をXさんが見るのだ。ひょっとすると直接傍聴に来る可能性もある。その時、S市長にやっつけられるのはいろいろまずいという思いがあるらしい。市長対策よりもXさん対策の方が重い。何かいい案はあるか…と俺に聞いてくる。少し考えて、今まで通りに主張を繰り返すのがいいのではないでしょうかと提案した。つまり、いつもの三題噺だ。

 ・市民の理解が十分ではない

 ・財政赤字の立て直し中に大きな事業を進めるべきではない。

 ・民業の圧迫である(A町保育所は民間の指定管理者による運営である)

 

 するとそこにR議員が来た。70歳をこえた新人議員で、議会では市政刷新ネットワークの鉄砲玉をつとめている。アンチの標的になっており殺人予告を受けたこともある。その犯人が逮捕されたという報告に来たのだ。

 R議員にも、この案件についていろいろ聞いてみた。元々市役所職員なので昔のことをよく知っている。すると、5町が合併する時にこんな約束事があることを教えてくれた。

 ・旧5町それぞれに、保育所と小学校は残すという約束がある。

 ・田んぼアート事業跡地は、現在の保育所から5㎞ほど離れた場所にある。

  ただし、そこはA町の外である。

 ・これは、5町が現在の市に統合する時の約束を破壊する提案だ。

 

 なるほど、この4点で質問原稿を書こう。 

 「移転そのものへの反対」「田んぼアート事業跡地への反対」の2段階になる。

 もちろん、それが市民、とくに子供たちとその保護者さんへの不利益になることは百も承知である。ただ「A町保育所に関係のない人にとってはわかりやすい反対意見」になる。A町保育所に関係のない人の方が数は多い。そういうレベルの人に刺さりやすい議論に持ち込めばよい。

 もちろん、見る人が見ればS市長の正しさ、市政刷新ネットワークの愚かさがわかるはずだ。それが面従腹背を決めたゴーストライターの拠り所である。